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10月, 2022の投稿を表示しています

■マネジメントの神髄は実行■~理想のマネジャー像~

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 おはようございます。 未明の高知、 夜空に満点の星が埋まっています。 今日も晴れそうですね。 月曜日、今週も一週間よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは経営の成否には、 どう行動するかが大事だが、 組織の目標達成に向けて、 責任ある行動を とらなくてはいけないのだ、 とした。 そしてクレイムズは、 ドラッカーの思想を支える大きな前提は、 「マネジメントの神髄は実行にある」 というものだ、 と続ける。 そして実行に秀でるためには、 結局のところ、 業績こそが成功の尺度である、 と肝に銘じておく必要があるとする。 インタビューの当日、 ドラッカーはクレイムズに、 優秀なマネジャーと 十人並みのマネジャー、 さらには力不足のマネジャーの違いを 説明してくれたが、 以下は、ドラッカーが抱く 理想のマネジャー像である。 「◎採用、解雇、統率などをそつなく行い、  部下を取り立てることもできる  ◎結果への責任をすべて果たす  ◎上役をうまく動かす術を知っている  ◎時間軸を十分に念頭に置いたうえで、  情報やデータをもとに判断をくだす  ◎自分の頭で徹底的に考え抜き、  その結果をまわりにうまく伝える  ◎事業プランの立案や実行を得意とする  ◎何をすべきかを自問して、  ゼロから優先順位を考えなおす  ◎会議では必ず課題を明確にする  (たいていの会議は何が決まったのかわからないまま終わる)」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第2章 何よりも大切なのは学びである)

■健全な成功へのカギ■~責任ある行動をとる~

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おはようございます。 高知西部地域、足摺岬も近い宿毛市にある 「宿毛リゾート椰子の湯」で 温泉に浸かり酒吞んでのんびり過ごしました。 秋晴れの太平洋が輝いています。 明日から仕事頑張ろうっと。 日曜日、良い休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 チャンスとは 自ら掴み取るものだとした。 そして、企業の生き残りや繁栄が、 業績や成果にかかっている以上、 必ず目標を掲げなくてはいけない、 と続ける。 ドラッカーは当初から、 ・健全な成功へのカギは、 ・成果をあげる、 ・組織をうまく束ねて動かしていく、 ・貢献する、 ・能力を高める、 ・備えを怠らない、 ・目標を達成する、 などだと心得ていた。 クレイムズは、 著作には必ず、 どう行動するかが 経営の成否を決定づけることを 示唆する言葉やフレーズが、 何十もちりばめられている、 とする。 「もっとも、ただ行動すればよいというものではない。  組織の目標達成に向けて、  責任ある行動をとらなくてはいけないのだ。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第 2 章 何よりも大切なのは学びである)

■確かな過去との決別■~しなやかな発想~

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 おはようございます。 未明の高知、 明るい陽が射し始めています。 今日も秋晴れの一日、 宿毛の温泉に行こうと思います。 土曜日、良い週末をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 チャンスとは 自ら掴み取るもの という教えを 実践してきたとした。 そしてクレイムズは、 ドラッカーは 職業人生の節目節目において、 いわば海図のない航海を強いられたが、 「これだ」と思えるチャンスを前にして、 尻込みするようなことは決してなかった、 と続ける。 それどころか、 しなやかな発想を絶やさず、 チャンスが訪れれば すかさずつかみとり、 その際には、 なじみ深い確かな過去と決別して、 先の見えない将来に賭けた。 「ときとして、  人があまり通らない裏道こそ  成功への近道なのだ。  リスクを承知で最初の一歩を  踏み出さないかぎり、  成功は手に入らない。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■ニューヨーク大学での働き口■~幸先のよい邂逅~

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 おはようございます。 高知の朝、 東の空に茜色の雲が浮かんでいます。 今日は段々と雲が増えて、 気温が下がりそうですね。 暖かくして下さい。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 地下鉄の駅に向かう道すがら、 友人と邂逅したことも、 ドラッカーの人生を彩る 様々なめぐり合わせと同じく、 幸先のよいものだった、 とした。 そしてその友人に、 最近どうしているかと問われ、 コロンビア大学への就職が 白紙になったばかりだ と答えたところ、 友人は、 コロンビア・ビジネススクールの教員を、 引き抜くために これから乗り込もうとしていたところだ と言ったとする。 続けてドラッカーは次のとおり回想する。 「こうして地下鉄の駅にたどり着く前に、  わたしはニューヨーク大学での働き口を  確保できたのです。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■人生を彩るめぐり合わせ■~知り合いとの鉢合わせ~

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 おはようございます。 夜明け間際の高知、 寒いです。 日々朝の冷え込みが増してきましたが、 日中の日差しの下では、 じりじりと日焼けがしそうです。 寒暖差に気を付けましょう。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 コロンビア大学に 就職する手はずを 整えたのだが、 時の学長ドワイト・D・アイゼンハワーに 解雇された。 クレイムズは、 これはアイゼンハワーが 合衆国大統領になる以前の エピソードだと続ける。 そして、 コロンビア大学への就職が 白紙に戻ったという 悪い知らせから何分かののち、 ドラッカーが地下鉄の駅を 目指して歩いていると、 知り合いと鉢合わせしたとする。 「この邂逅もまた、  ドラッカーの人生を彩る  さまざまなめぐり合わせと同じく、  幸先のよいものだった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■コロンビア大学での教鞭■~不思議なめぐり合わせ~

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 おはようございます。 東の青空に三日月が浮ぶ、 高知の夜明けです。 今日も秋晴れの一日になりそうです。 月曜日、今週も一週間よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーがナチスによって 発禁となった小冊子を著したのは、 ユダヤ系だからではなく、 立ち上がって意見を述べることが 大切だと考えたからだ、 とした。 そしてドラッカーは、 1950年には ベニントン・カレッジでの職を辞し、 コロンビア大学で 教鞭をとる予定になっていたのだが、 またも運命がいたずらし 予定が狂ったと続ける。 本人が、偶然つづきの職業人生です、 と言うのも、 なるほどと納得がいく。 「1950年に、  不思議なめぐり合わせにより、  ニューヨーク大学ビジネススクールで  教えることになったのです。  ......その一年後には、  ハーバード・ビジネススクールから  声がかかりましたが、  お断りしました」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■ファシズムに抗議した証■~ユダヤ教信者ではない~

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 おはようございます。 朝からまぶしい陽が射す高知です。 今日も晴れ、 日向は暑いくらいの 一日になりそうです。 日曜日、良い休日をお過ごし下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーはヒトラーが 権力の座についてまもなく、 ナチスにより発禁処分になることを 覚悟のうえで二冊の冊子を著した、 とした。 そして、ドラッカーは 何世代も前にまで遡れば、 ユダヤ系の血筋ではあるが、 ユダヤ教信者ではないと語っていた、 と続ける。 クレイムズは、 もっともこれら小冊子を著したのは、 ユダヤ系だからではなく、 立ち上がって意見を述べることが 大切だと考えたからだとする。 「少なくとも、専制、憎悪、  ファシズムなどに抗議した証を求めていた  (この時期のドラッカーについては、  エピローグを参照いただきたい)。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■過去との決別■~気骨ある生き方を貫く~

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 おはようございます。 未明の高知、 雲が空を埋めてますが、 日中は晴れそうです。 イギリスで45日の最短記録で 首相辞任。 経済政策の失敗が大きな原因とのことだが、 国民や政党の反応が早い。 歴史の中で育まれた、 自浄作用が効いているんだな。 日本はどうよ。 土曜日、良い週末をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 学者の世界から厳しい批判を 浴びることを知りながら わが道を行った結果、 凄まじいまでの名声を 手にすることとなった、 とした。 しかしドラッカーは、 世の慣わしに従おうなどとは 一度として考えなかった、 と続ける。 それどころか、 反対に、若いころから常に、 過去と決別して 新しい道を切り開こうとし、 まわりの反応など一切気にかけず、 気骨ある生き方を貫いたのだ、 とする。 「20代はじめ、  ヒトラーが権力の座についてまもなく、  ドラッカーは二冊の薄い本、  いや小冊子を著した。  ナチスにより発禁処分になり、  焼き捨てられることを  覚悟のうえでの行いだった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■知りながらわが道を行く■~「大衆向けの本」を軽蔑~

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 おはようございます。 日の出直前の東の空は 赤く染まり始めてます。 日中は今日も晴れ。 高知の陽射しはきつい、 日陰は肌寒いが、 日向は暑い。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 『企業とは何か』を 刊行したドラッカーには 学者の世界から厳しい批判を 浴びることもあった、 とした。 そして格式の高い大学や研究機関ほど、 ドラッカーが著した 「大衆向けの本」を軽蔑する傾向があった、 と続ける。 さらにクレイムズは、 どの著作もみな邪道と見なされ、 まっとうな学者が 道を究めるために手がけるものとは およそ異なるなどと 切って捨てられたが、 今日でもなお、超一流大学や、 大多数の四年制大学では、 このような見方が 主流となっているとする。 「ドラッカーは  それを知りながらわが道を行き、  その結果、凄まじいまでの名声を手にした。  著書がベストセラーとなったことが、  むしろ逆風として働いたのだから、  なんとも皮肉である。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■前途有望な学者■~終身在任権を得るのが王道~

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 おはようございます。 未明の高知、 最低気温が日々下がり、 上はTシャツ下は短パンでは 部屋着でも心身共に 薄ら寒くなりました。 快晴が続く高知、 今日も晴れてピリッとした空気漂う 一日になりそうです。 木曜日、今日もよろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 『企業とは何か』が 刊行されてからというもの、 ドラッカーは、 海図のない大海原に どっぷりと浸ってしまった、 とした。 そして『企業とは何か』を契機に、 ビジネスがひとつの 学問領域となったと、 ドラッカーは語っていたが、 ベニントン・カレッジの学長は 友人としての立場から これでキャリアは台無しだ、 と心配していたのだと話した。 クレイムズは、 学者の世界で名をなすには、 研究を積み重ねて論文を書き、 終身在任権を得るのが王道で、 当時はドラッカーに対して、 次のような手厳しい批判も あったとする。 「この若手の学者は前途有望なだけに、  これからはせっかくの才能を  もっと立派なテーマのために  使ってくれるとよいが」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■海図のない大海原■~現代のビジネス書の祖父~

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 おはようございます。 未明の高知、 ゴミ出しで空を見上げると 青空に月と星が浮かんでいて、 今日は快晴だなぁ、、、、。 水曜日、今日も一日よろくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 『企業とは何か』の内容が、 以後数々のビジネス書の 土台となったとした。 ところが最近のビジネス書の書き手たちは、 「現代のビジネス書の祖父」とでも呼ぶべき、 60年前に刊行されたドラッカーの著書を、 ほとんど読んでいないのだ、 と続ける。 クレイムズは、 『企業とは何か』の刊行をきっかけに、 ドラッカーは新しい道を歩みはじめ、 終生その道から外れることはなかったが、 これは伝統的な道からは外れていた、 とする。 「むしろ、ここまで述べてきたように、  ドラッカーは本が刊行されてからというもの、  海図のない大海原に  どっぷりと浸ってしまったのだった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■働き手を人間らしく■~自主運営型のコミュニティ~

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 おはようございます。 東の青空が赤く染まり始めた 高知の夜明けです。 昨日は雨模様で肌寒い一日でしたが、 今日はピッカピカの晴天となりそうです。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 事業内容が 多岐にわたっている企業においては、 分権制の導入なくして 経営は成り立たないという 信念を持っていた。 クレイムズは、 ドラッカーの啓発もあり、 1980年代には、 フォーチュン500社の 四分の三以上が分権制を 取り入れていた、 と続ける。 ドラッカーはまた、 働き手を人間らしく 扱うべきだと強い説得力で論じた。 それまで働き手は、 組織の歯車として 非人間的な扱いを受け、 会社の資産ではなく 費用源と見なされていたが、 ドラッカーは、 働き手自身により多くの判断を 任せるべきだとも論じ、 工場に自主運営型の コミュニティをつくるとよい、 と主張した。 「個人と企業の関係を  詳しく論じたため、  その内容が以後数々の  ビジネス書の土台となった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■1946年刊行の『企業とは何か』■~一握りの幹部が出す命令~

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 おはようございます。 未明の高知は既に雨降り、 一日降ったりやんだりのようですね。 昨日は真夏の暑さでしたが、 今日は日射が少ない分 いくらか涼しそうです。 月曜日、今週も一週間よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーが、 GMの調査結果を出版したところ、 飛ぶように売れた。 クレイムズは、この1946年刊行の 『企業とは何か』を通して、 世の人々は初めて、 GMもしくは大企業の中枢における マネジメントについて、 ありのままを知ったのだ、 と続ける。 そして、 この記念碑的な作品は、 分権制という、 実務に近い人々に 判断の権限を委ねる 仕組みの利点を説いており、 刊行から何十年もの間 多くの読者を惹きつけることになった、 とする。 分権制は『企業とは何か』にかぎらず、 ドラッカーの他の著作でも 大きなテーマとして扱われている。 ドラッカーの信念は次のとおりだった。 「事業内容が  多岐にわたっているにもかかわらず、  一握りの幹部が  全社に向けて命令を出すようでは、  大企業の経営は立ち行かない」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■飛ぶように売れた■~GMからのお墨付き~

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 おはようございます。 秋の青空が広がる高知の朝です。 この快晴で気温上昇、 今日も夏日となりそうですね。 日曜日、楽しい休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 GMの調査を 18カ月をかけて行ったとした。 そして、ロッキー山脈より 東に位置するGMの事業部は、 すべて訪問したと思う、 と続けた。 こうして報告書を仕上げたところ、 GMからは『ぜひ出版しなくては』と お墨付きを得て 刊行に向けてともに努力して 版元は見つかったが、 このような本が読者をひきつけるとは、 誰も予想していなかったとする。 ドラッカーは、 版元がこの案件を引き受けたのは、 すでに著書を二冊出版しており、 それらの売れ行きがよかったから、 理由はそれだけだとした。 「......ところが蓋を開けてみると、  三冊目も飛ぶように売れました。  こうしてわたしはマネジメントの世界に  深く入り込んだのです。  ......ですが、マネジメントに当事者として  かかわった経験はないのです」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■いっさいの意見無用■~事実関係の確認は別に~

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 おはようございます。 薄曇りの高知の朝です。 日中は今日も晴れて夏日予報ですね。 土曜日、良い週末をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーはGMからの依頼について、 副会長ドナルドソン・ブラウンに対して、 本を執筆するために 調査をしているということにすれば、 社内からのあらゆる協力を引き出せる、 と提案した。 しかし先方の返事は、 本を出版する予定はない というものであった。 こうしていったんは 物別れになったが、 6週間後にふたたび ポール・ギャレットから電話があり、 社内で検討しなおしたので、 もう一度デトロイトへ来てもらえないか、 という趣旨であった。 「こうして、調査を行い、  その結果を本にまとめることで合意しました。  わたしはGMの人々に、  本の中身に関しては、  事実関係の確認をべつにすると、  いっさい意見無用でお願いしますと伝え、  その後およそ18カ月をかけて調査を行いました。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■本執筆のための調査■~副会長ドナルドソン・ブラウン~

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 おはようございます。 東が明るくなり始めた 高知の朝です。 昨日に続き今日も夏日となりそうです。 寒暖の差にお気を付け下さい。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ 1943年の秋、 ドラッカーにGM副社長の ポール・ギャレットから 経営上層部についての 調査依頼の電話があった。 この依頼のおおもとの出所が 誰なのかは、 いまだに不明で、 誰に訊いても 首を横に振るだけだった、 と続けた。 ドラッカーは、 この案件を引き受けるのに先立って、 社内の各部門を 訪問させてもらえるかと質問し、 当時の副会長 ドナルドソン・ブラウンのもとを訪れた。 ドラッカーは、 自分を招き入れた張本人は、 ブラウンではないだろうかと考えていたが、 それはともかく、 ブラウンに次のとおり提案をした。 「この仕事はお引き受けできません。  社内のどなたも、  わたしに心を開かないでしょうから。  みなさん、経営陣が送り込んだ  スパイとしてわたしを見るでしょう。  ......ですが、ひとつだけ方法があります。  この国では、本を執筆するために  調査をしていると言えば、  あらゆる協力を引き出せます」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■企業マネジメントの本■~GM広報担当の副社長~

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 おはようございます。 夜明けが遅い。 まだ薄暗い高知です。 今は雲がたくさん浮かんでますが、 これから取れて一日晴れ、 夏日となりそうです。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 1943年の秋に ゼネラルモーターズ(GM)から 連絡してきたことについて、 理由も責任者もわからないままだ、 とした。 そしてドラッカー一家は、 1941年の夏に バーモントに移り住んだ、 と続ける。 当時ドラッカーが借りていた アパートはコロンビア大学の 近くだったため、 コロンビア大学の図書館で 企業マネジメントについての本を探したが、 そのようなテーマの本は一冊もなかった。 しかも、自社のマネジメントについて 調べさせてあげようなどという企業もない中で、 60年前のちょうど 今日ではなかったかと思うが、 一本の電話がかかってきたのだ とする。 その内容は次のとおりだった、 「ポール・ギャレットといいます。  GMで広報担当の副社長をしていまして、  お電話したのは、  当社の経営上層部について  調査していただけないかというお願いです」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■きっかけは一本の電話■~GMとの出会い~

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 おはようございます。 雲の多い未明の空、 日の出まではまだ少し時間があります。 おおむね今日一日曇り空、 陽が覗く時間もありそうです。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは1937年に アメリカの土を踏み、 バーモント州にある ベニントン・カレッジの 教授の職を得た。 そして、そこに勤務しているあいだ、 ドラッカーは長期休暇をとったが、 クレイムズはこの休暇こそ、 ドラッカーのその後の 職業人生を決定づけたのだ、 とする。 きっかけは、 1943年の秋にかかってきた 一本の電話で、 この話には小さなエピソードまで 漏らさずちりばめられ、 60年前ではなく 6週間前の出来事ではないか、 と思わせられるほどだった。 ドラッカーは、 遠くを見つめながら 語りはじめた。 「いまでも、  ゼネラルモーターズ(GM)が  なぜわたしに連絡してきたのか、  責任者は誰だったのか、  わからないままです」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■会話ではドイツ語と英語■~ベニントン・カレッジの教授~

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 おはようございます。 東の青空に茜色に 染まった雲が浮かんできれいな 高知の夜明けです。 日々秋が深まり、 彼岸花も枯れ始めました。 部屋の中もそろそろ冬向けに 衣替えです。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 コンサルタントは、 みずからリスクをとるわけではなく、 読みを誤った場合のツケを支払うのは 顧客ですからね、 とした。 そしてきっぱりとした口調にはあたかも、 このテーマはこれで 打ち切りだという 意志が込められているかの ようだったとする。 ドラッカーは1937年に アメリカの土を踏み、 バーモント州にある ベニントン・カレッジの教授の職を得て、 主に人文系を扱うこの大学で 政治学と哲学の教鞭をとったが、 選択の余地があったなら、 一年生に小論文を教えたかった、 と明かした。 「わたしは12歳のころから  文章を書いていました。  それも英語でね。  いくつもの言語に接しながら育ちましたから。  家族との会話ではドイツ語と英語、  両方を使っていましたが、  どちらかというと英語のほうが多かったですね」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■水を打ったような静けさ■~コンサルタントはリスクをとらない~

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 おはようございます。 薄曇りの高知の朝です。 昨日は愚図ついた天候でしたが、 今日は晴れそうです。 スポーツの日、 天気に恵まれた祝日となりそうです。 月曜日、良い休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 企業での勤務経験は、 イギリス系新聞社、 ロンドンの世界的な銀行及び 同じくロンドンの小粒ながら 成長著しい投資銀行だけだ、 とした。 そしてクレイムズは、 しばらく沈黙が続き、 水を打ったような静けさのなか、 テープレコーダーの動作音だけが やけに耳についた、 と続ける。 やがてクレイムズはドラッカーに、 マネジメント・コンサルタントの仕事も されているではないですかと ビジネス経験はほかにも あるのではないかと水を向けた。 するとすかさず次のとおり返事があった。 「コンサルタントは、  みずからリスクをとるわけではありません。  ......リスクがあるとすれば、  顧客が離れていくことだけでしょう。  コンサルタントが読みを誤った場合、  そのツケを支払うのは顧客ですからね」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■企業で働いた経験■~公法および国際法の博士号~

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おはようございます。 曇り空で薄暗い高知の朝です。 これから午後に向け雨空となり、 肌寒い一日になりそうです。 日曜日、良い休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 イギリス系新聞社の フランクフルト支局に勤務し、 アメリカ企業と 接点を持つことができた、 とした。 そして、この新聞社は、 『フィナンシャル・タイムズ』の前身も 発行していた、 と続ける。 ドラッカーは記者生活を続けながら、 公法および国際法の博士号を取得し、 続いてロンドンに移り、 世界的な銀行で エコノミストの職に就いた。 クレイムズは、 ドラッカーが企業で働いた経験は 以上で全てである、 とする。 「企業勤務はこれだけです。  ......ロンドンでは、  小粒ながら成長著しい投資銀行に勤め、  エコノミスト兼資産管理者のポストに二年、  いえ、ほぼ三年いました。  ......これ以外には、  企業で働いた経験はありません」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■アメリカ産業界の動向■~封筒の宛名書き~

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 おはようございます。 曇り空の高知の朝です。 昨日は愚図ついた天気でしたが、 今日は晴れ、 気持ちの良い秋日となりそうです。 土曜日、良い週末をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 株価の大暴落で投資会社を 去るはめになったが、 同僚に連れていかれた 地元の新聞社で、 産業と外交問題を担当する 記者を探していると聞かされた、 とした。 こうして一時間後、 企業での実務経験が ほとんどないままドラッカーは、 その新聞社に採用された、 と続ける。 そしてその後18カ月ほど、 ハンブルクで見習いをしたが、 その間封筒の宛名書きしかしなかったので、 学んだことは 『エジンバラ』の綴りくらいだった、 とする。 その後ドラッカーは ハンブルクを離れてから何年かののち、 ふたたび新聞記者となり、 以前よりも幅広い仕事を 任されることとなったとし、 さらに次のとおり続けた。 「イギリス系新聞社の  フランクフルト支局に勤務し、  アメリカ産業界の動向を追いましたから、  かなりの数のアメリカ企業と  接点を持つことができました」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■株価の大暴落■~産業と外交問題を担当する記者~

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 おはようございます。 未明の高知、 弱い雨が既に降り始めています。 うっかり夜中に夏蒲団を ベッド下に落としたまま タオルケットだけで寝ねるには、 涼しいというより寒い夜でした。 今日はこの調子で、 曇り空の一日になりそうですね。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ドイツ系ユダヤ人が 19世紀にアメリカで創業した 大会社のヨーロッパ初の投資部門に 所属していたと語った。 ところが、 この業界に入ったタイミングは最悪で、 入社とほぼ同時に、 株価の大暴落が起き、 投資銀行業界で生きていく道を 絶たれたのだった、 と続ける。 ドラッカーは屈託もない語り口で、 大暴落が起きたとき、 いちばんの新米だったため、 真っ先に会社を去るはめになった、 と語った。 「幸いにもある同僚が、  職を失ったドラッカーを  地元の新聞社へ連れて行ってくれた。  無職の若者はそこで、  産業と外交問題を担当する  記者を探していると聞かされる。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■ヨーロッパ初の投資部門■~ビジネスとの接点~

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おはようございます。 薄曇りの高知の朝です。 今日も一日こんな感じで、 朝晩は肌寒く感じます。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 マネジャー経験がないため、 内側から見たマネジメントについては 何も知らないと述べていた。 クレイムズは、 とはいえ、ビジネスに 関心がなかったわけではなく、 アメリカに渡る以前、 いくつかの職を経験するなかで、 ビジネスのさまざまな分野と 接点を持ったのだ、 と続ける。 アメリカ系大手金融機関の ヨーロッパ本社では、 見習い社員として働いたが、 その会社はとうの昔に なくなってしまっていた。 「ドイツ系ユダヤ人が  19世紀にアメリカで創業した  大会社のひとつですが、  わたしが所属していたのは  ヨーロッパ初の投資部門でした。  ......アメリカを発祥の地とするビジネスですね」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■自身で切り開いた■~内側から見たマネジメント~

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 おはようございます。 曇り空で薄暗い高知の朝です。 今日はこんな感じで、 小雨が降ることもありそうです。 陽射しが弱いだけに、 気温も低そうです。 秋の空気に切り替わり始めた感じですね。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 マネジメント分野に 足を踏み入れたのが、 いかに予想外の なりゆきだったのか、 時間をかけて回想していた。 しかしクレイムズは 心のなかでは、むしろ、 あなた自身でマネジメント分野を 切り開いたのではないですか、 とつぶやいていたと続ける。 そして最初は、 ドラッカーほどの人物が、 職業人生をなりゆきで歩むとは 考えられなかったため、 少しからかわれているのかとも感じたが、 さまざまな逸話を聞くにつれて、 ドラッカーがあえて謙遜しているわけでも、 妙に自分を卑下しているわけでもないと、 わかってきた、 とする。 「その真意は  『気づいたらマネジメントの世界に収まっていた』  という言葉に凝縮されている。  ご本人は、マネジャー経験がないため、  内側から見たマネジメントについては何も知らない、  と述べていた。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■アメフト監督に例えるなら■~偶然のめぐり合わせ~

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 おはようございます。 未明の高知、 不燃物のゴミ出し日、 勇んで積み出そうとしたが、 如何せん真っ暗。 もう少し待とう。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 語り手に熱意を 持ちつづけてもらうには、 こちらも全身を 耳にして聞き入り、 話の流れに沿って 的を射た質問を 投げかけなくては ならないのだ、 とした。 ところが、 用意していた 最初の問いを向ける機会は、 ついに最後まで訪れなかった、 と続ける。 クレイムズは、 ドラッカーをアメフトの 監督にたとえるなら、 最初の20プレーの戦術を 固めたうえで サイドライン際に姿を現し、 すぐさま戦闘態勢に入ったのだ、 とする。 「まずは、偶然のめぐり合わせで  ビジネスの世界に入ったいきさつを  語りはじめた。  マネジメント分野に足を踏み入れたのが、  いかに予想外のなりゆきだったのか、  時間をかけて回想していた。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■華麗な経歴■~的を射た質問を投げる~

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 おはようございます。 未明の高知はとても涼しい朝です。 今日は曇り空が多く、 穏やかな気温で過ごせそうです。 月曜日、一週間よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーはニクソンほか 歴代のアメリカ大統領から称えられ、 2002年には時の大統領 ジョージ・W・ブッシュから 自由勲章を授与されるという栄誉を 与えられたとした。 しかし、このような 華麗な経歴をものがたるものは、 自宅にはいっさい見当たらなかった、 と続ける。 そしてクレイムズは、 部屋のなかを ひととおり見渡してから インタビューに集中しなくては、 と気持ちを新たにしたとする。 「テープレコーダーを回してはいても、  気を抜くわけにはいかない。  語り手に熱意を持ちつづけてもらうには、  こちらも全身を耳にして聞き入り、  話の流れに沿って的を射た質問を  投げかけなくてはならないのだ。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■第1章 チャンスは自分でつかみとるもの■

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 おはようございます。 明るい陽射しの高知の朝です。 一日こんな陽射しで真夏日予報です。 寒暖差にお気を付け下さい。 日曜日、良い休日をお楽しみ下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ 「ピーター、君の学者としてのキャリアは台無しじゃないか」 クレイムズは、 これは『企業とは何か』の刊行後、 ドラッカーの将来を心配した 友人の言葉だと紹介する。 そして、インタビューの朝、 ドラッカーのかたわらに 腰を下ろしたクレイムズは、 氏の住まいの内部は、 外観と同じく実に質素で 整然としていた、 と続ける。 目に入るのは、本、日本の美術作品、 淡い色のソファと椅子だけで、 勲章やトロフィーなどを飾る部屋、 いやコーナーすらないようだった。 ドラッカーは、 すでに65年近くも前から 著述活動をはじめており、 全体主義(ファシズム)を批判した 処女作『「経済人」の終わり』は、 ウィンストン・チャーチルの目にとまり、 絶賛を浴びた。 「その後も、ニクソンほか  歴代のアメリカ大統領から称えられ、  2002年には時の大統領  ジョージ・W・ブッシュから自由勲章を授与された。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第1章 チャンスは自分でつかみとるもの)

■想像を絶する知の宝庫■~過去よりも将来~

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 おはようございます。 未明の高知、 東の空が赤く染まり始めました。 今日も快晴、 朝晩の涼しさと打って変わって、 ぐっと暑い一日となりそうです、 寒暖差にお気を付け下さい。 土曜日、良い週末をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 本書『ドラッカーへの旅』の主な狙いは、 ドラッカーの思考パターンを紹介することと、 最近の例を織り交ぜながら、 ドラッカーの珠玉の教えが いまなおきわめて 有用であることを示すことだ、 とした。 そして、第1章以降では、 ドラッカーが インタビューのなかで語った 内容のエッセンスを 紹介していくなかで、 マネジメントや リーダーシップをめぐる 知見や戦略も、 数多く取り上げたい、 と続ける。 クレイムズは、 ドラッカーの頭脳は、 想像を絶する 知の宝庫だったのだ, とする。 「ではさっそく、ドラッカーの世界、  つねに過去よりも将来が重んじられる世界へと、  みなさんをご招待しよう。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 プロローグ)