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■堅固な意志によって生まれるもの■~”神秘的な経験”ではない

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おはようございます。 ピンクの朝焼けが消え、 青空が広がる川崎の朝です。 今日は一日気持ちの良い行楽日和。 寒さに負けずお出かけしましょう。 今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 信仰があるからこそ、 社会における存在もまた、 本物の慈善における存在と同じように、 意味のあるものとされていた、 とした。 しかし、この信仰というのは、 ある種独特の呼吸運動、絶食、 麻薬によるものであったり、 目と耳を閉じてバッハの音楽に 長い時間浸るとかいった経験によって 生まれてくるような”神秘的な経験” ではないと続ける。 それは、絶望や悲劇、 長くて辛く絶え間ない苦闘を 経験することによって 初めて得られるものであり、 不合理なものでも、 感情的・情緒的なものでも、 無意識に生まれるものでもないとする。 「それは絶えず考え続け、  学び続けることの結果として、  そしてまた、厳格な訓練、完全な心の平静、  堅固な意志によって生まれるものです。  これができる人 はほとんどいませんが、  誰でもそれを求める努力を傾けることはできますし、  そうすべ きなのです。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■偉大で悲劇的な愛■~意味のある絶対的な存在~

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おはようございます。 未明の川崎の空は、 今日も晴れているようです。 各地で台風並みの強風被害が発生しています。 乾燥と相まって、火の元には十分な注意が必要です。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 キルケゴールの『おそれとおののき」を読めば、 彼の内面にある秘密である、 その偉大で悲劇的な愛を象徴的に 扱っていることがわかるだろうとする。 そして、キルケゴールが 自分自身を語ろうとするとき、 アブラハムのことを語るのだが、 この自伝としての意味は、 ただの偶然に過ぎず、 一般的な意味としては、 人間としての存在は信仰があって 初めて成り立つということだ、 と続ける。 「信仰があって個人は普遍的な存在になり、  孤立した存在であることをやめ、  意味のある絶対的な存在になるわけです。  だから、信仰の中にこそ本当の倫理がある、  ということになります。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■神に対する自分の忠誠心■~『おそれとおののき』での問いかけ~

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おはようございます。 曇り空の川崎の朝、 今日も一日晴れ模様、 乾燥が続きます。 火の元、喉元にご注意を。 今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーが気に入っている キルケゴールの著作は『おそれとおののき』で、 その中でキルケゴールは、 こんな問いかけをしている。 「アブラハムが喜んで自分の息子イサクの命を 神に差し出したことと、 普通の殺人との違いはどこにあるのか」 ドラッカーは、 もしアブラハムが、イサクを犠牲にすることを 最後まで実行するつもりがなく、 常に神に対する自分の忠誠心を 示すことだけを考えていたなら、 アブラハムは殺人者にならなくても、 食わせ者でずるい奴になっただろう、 と続ける。 もしイサクを愛しておらず、 ただ冷淡だったとしたら、 喜んで殺人者になっていたはずだが、 アブラハムは聖人であり、 神の命令は無条件に実行を迫る 絶対的な命令だった。 「アブラハムは自分自身よりも  もっとイサクを愛していた、  と私たちは教わっています。  それでもアブラハムには信仰がありました。  神の手にかかれば不可能を可能になる、  そして自分が神の命令を実行しても  イサクは生きているはずだと信じていたのです。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■涅槃に人を送り込むこと■~罪の反対語は信仰~

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おはようございます。 概ね晴れ、厳しい冷え込みではないですね。 日中は風が強く寒い一日になりそうです。 今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 こうして、人間の手による倫理的に 絶対的なものを構築する立場というものは、 その可能性が完全に否定されたところで 終わりを迎えなければならない、 とする。 それでは、人間としての存在とは 悲劇や絶望の中での存在ではない、 ということになるとしたら、 ニルヴァーナ(涅槃)に人を 送り込むことの中に、 無を見ていることになる。 キルケゴールによると、 人間としての存在は、 絶望に陥っていない存在、 悲劇とは縁のない存在として 成り立つこととなる。 つまり、人間としての存在は、 信仰に身を置く存在として可能になり、 罪の反対語は徳ではなく、 信仰ということになる。 「信仰とは、神の手にかかれば、  不可能が可能になると信じることです。  また信仰は、神の中では時間と永遠はひとつであり、  そして生と死の両方に意味がある、  と信じることでもあります。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■あらゆる存在の終わり■~苦い薬を砂糖でくるむだけ~

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おはようございます。 未明の川崎の朝、 雲が多い空が広がっています。 小正月、関西では今日までが松の内、 連休明け、本格始動です。 今週もよろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ストア学派の哲学者にとって、 死はあらゆるものの終わりであり、 あらゆる存在の終わりなのだとする。 そして、キルケゴールはこれを ”個でありたいと望まないことへの絶望” と呼んでいるが、倫理的な立場が ストア哲学並みの崇高で堅実なものへと つながっていくことはない、 と続ける。 それは全体主義という苦い薬を 砂糖でくるむだけのことで、 倫理的な立場は純粋な感傷主義に なってしまう。 つまりそれは、悪は滅ぼすことができて、 喜び、光、善意を広めることによって 調和を構築できると信じている人たちの 立場であり、結局、倫理的な立場は、 必然的に相対主義に成り下がってしまう。 「なぜかと言えば、  もし徳というものを人間の中に見出せるのなら、  人間が受け入れるものはすべて、  徳のあるものでなければならないからです。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■人間存在の根本原理■~生と死の双方に意味を与えない~

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おはようございます。 朝焼けが青空をピンクに染める 川崎の朝です。 今日は平成最後の成人式、 大人というより、 人の痛みが分かる、 まともな人間になることを期待します。 三連休最終日は好天模様、 お楽しみ下さい。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ こうして19世紀は、 ローマ帝国時代の後期と同じように、 純粋に倫理的なものや 人間存在の真髄としての徳へと 逃げ込むことによって、 出口への道を見つけようとした。 ドラッカーは、 倫理協会運動等の生命の倫理的概念の さまざまな定式化は、 古代で見られたのと同じように、 19世紀でも広く流行したが、 古代と同様に、人間存在の根本原理を 用意することに失敗した、 とする。 「確かにこれによって、  勇気や迷いのない気持ちは生まれるでしょうが、  生と死のどちらにも意味を与えてはくれません。  この人間存在の軽さは、  自殺を究極の救済法として  規定していることからわかります。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■絶望が生命の本質になる■~ナチへと結びつく教義~

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おはようございます。 曇り空の川崎の朝、 どうもスッキリしない天気の連休ですね。 東京地方の冷え込みはさほどですが、 旭川方面は零下30度近くの厳寒を記録、 想像を絶しますね。 東京地方は、これから段々晴れ間が広がる模様、 良い休日をお過ごし下さい。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 人間の存在とは社会における存在のことだ、 と説く楽天的な姿勢は、 必然的に真っすぐ絶望へとつながり そのまま直接全体主義へとつながっていく ということがはっきり見えてくるとする。 そして、全体主義の教義の真髄は いかに生きるかではなく、 いかに死ぬかということにあることも 見えてくるはずである、 と続ける。 死を受け入れられる対象にするためには、 個々の生命を価値がないもの、 意味のないものにしなければならなくなる。 「この世界における生命に  重要な意味を与えるところから始まる  この楽観的な教義は、そのまま真っすぐに、  人に意味のある生き方をさせられる  ただひとつの行動として、  自己犠牲を称賛したナチへと結びついていきます。  絶望が生命の本質になるのです。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■社会という体の一個の細胞■~生命自体を無意味にすること~

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おはようございます。 曇り空の川崎の朝、 低気圧のせいか、冷え込みはあまり厳しくはないようですね。 三連休、良い休日をお過ごし下さい。 今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 個人は、永遠に存在する という問題に遭遇したショックから 立ち直れはするが、 本質的に絶望からは逃れられない、 とした。 そして、もし社会が人に対して 社会の中だけで生きる能力を要求するのなら、 社会はその人が死ねるよう努めなければならない、 と続ける。 社会がこれを実行できる方法は、 個人の生命それ自体を無意味に することしかなくなる。 もし人が樹木の枝についている一枚の葉、 言い換えれば社会という体を構成している 一個の細胞にすぎないとしたら、 その人の死は本当の死というものではなくなり、 全体の生命の一部となる、 と言えることとなる。 「そのときは、あなたの生命もまた  本当の生命でないのはもちろんです。  それは、総体的な生命の内部で働く機能の  一プロセスなのです。  そこには、総体という観点を除けば、  どのような意味もありません。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■個でありたいと望まないことへの絶望■~人が完全に孤独となる瞬間~

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おはようございます。 今朝も冷え込んだ未明の川崎、 空は快晴の様です。 インフルエンザが大流行の兆しで、 女房も3日前からダウンしてます。 お互いに気を付けましょう。 金曜日、今日は新年会の方も多いことでしょうが、 呑み過ぎ、乗過ごしにご注意を! 今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 死というものから逃れられない限り、 時間を超越した永遠は実現でき、 個人は社会で自己実現ができる という考えの行き着く先には絶望しかない、 とした。 そして、どんな人もその人生で、 突然、自分自身が死に直面していると わかる瞬間が必ず訪れるが、 この瞬間、人は完全に孤独で、 まさにひとりぼっちとなる、 と続ける。 もしその人が現実を理解できなくなってしまったら、 その存在は意味のないものになるが、 キルケゴールは、この死の現象を究明し、 死の向かう先を ”個でありたいと望まないことへの絶望”と 呼んだ。 「表面的に見れば、  個人は、この永遠に存在するという問題に  遭遇したショックから立ち直れはします。  しばらくの間、その問題を忘れていてもいいのです。  けれども、決して、社会における自分の存在についての自信を  回復させることはできません。  だから、本質的に絶望からは逃れられないのです。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■時間を超えたところでの存在■~行き着く先は絶望~

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おはようございます。 未明の冷え込みは零下、今期一番です。 暗くてよくわからないですが、 空は快晴の様子、寒い一日になりそうです。 今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 生命保険は、リスクを分散させる約束であり、 死というものを、人生におけるひとつの出来事と 考えようとする試みの本質を 最も明確に教えてくれるものであった、 とした。 そして、習慣的な手段を使って死後の生命を 操ろうとする試みから心霊主義が生み出されたが、 それでも死がなくなることはありえないため、 死をタブー視し、死を口にするのはマナー違反 というルールを作ったのだと続ける。 そこで、死というものが存在し続けている間、 人間には、現実とかけ離れ、時間を超えたところで 存在していることを示す何かがある、 と考えることとなる。 「死というものから逃れられない限り、  生命についての楽観的な概念、  つまり時間を超越した永遠は実現できる、  そして個人は社会で自己実現ができる  という考えの行き着く先は、  たったひとつしかありません。  それは、絶望です。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■死がもたらす帰結への対処■~リスクを分散させる約束~

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おはようございます。 夜明けにはまだ1時間ほど、 夜の長い季節です。 未明、一層冷え込みを感じます。 暖かくしてお出かけください。 今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ 19世紀の人間の手による大惨事について、 人々はその事実を大惨事だと解釈することを 拒否し回避した。 ドラッカーは、かれらがその悲劇の回避に 成功したとは言っても、 回避できない事実がひとつ残されている、 とする。 それは時代を超えて存在し続ける ”死”という事実で、 それは、個別具体的な事実でありまた、 個人的に起こる事実である、 と続ける。 19世紀には、死を個別及び 質的な側面から解明するために 死を、数量として計測し、 統計的に予測できる数値の上での出来事にした。 つまり、死がもたらすさまざまな帰結を 総合的に整理することによって、 死というものを解釈しようとしたもので、 これが、生命保険の意味であり、 死がもたらす帰結に対処する約束だとした。 「生命保険はおそらく、   19世紀の形而上学を代表する   仕組みの最右翼でしょう。   なぜかと言えば、”リスクを分散させる”約束が、   死というものを、人生の終わりではなく、   人生におけるひとつの出来事と  考えようとする試みの本質を  最も明確に教えてくれているからです。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■19世紀の合理性という観点■~あまねく慈悲深い神という概念~

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おはようございます。 快晴の空、 厳しい冷え込みの川崎の朝です。 寒さと乾燥に注意。 今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ 18世紀の震災被害者は、 災害が与えた被害について、 その恐怖と、”あまねく慈悲深い神” という概念との折り合いをつけられなかった。 ドラッカーは、 今では、毎日のようにはるかに 大量の殺戮や破壊、飢餓で苦しんだり 虐殺されたりしているたくさんの人たちや、 一晩で完全に崩壊してしまった都市などのことを 聞かされている、 と続ける。 この19世紀の人間の手による大惨事と、 18世紀の震災被害とのどちらを説明するのが 難しいかという比較の話になると、 19世紀の大惨事を説明しようとするほうが、 はるかに難しいであろう。 それでも、多くの人がこの戦争から 恒久的な平和や繁栄が必ず 生まれてくるとの楽観的な考え方が、 このような現代の大惨事によって 揺らいでいるとは思えない。 「確かに、彼らはこうした事実を認識しています。  当然、それに対して怒りもおぼえています。  けれども、彼らはそうした事実を大惨事だと  解釈することを拒否しているのです。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■人間としての存在可能性■~1943年ベニントン・カレッジでの講義~

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おはようございます。 未明の川崎の朝、 昨日は寒空でしたが、 今日は快晴の一日になりそうですね。 今日から仕事始め、頑張りましょう。 今週もよろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 どうすれば人間としての 存在は可能になるのかを問う。 まず、欧米の歴史の中で、 二度の世界大戦を経験したこの20世紀ほど、 戦争による悲劇の実態を忘れ去ろうとした世紀は、 ほかに例がないとする。 そして、誰もが、その悲劇を見ないように目を閉じ、 歴史の事実を否定するように仕向けられてきたが、 1755年、ポルトガルを大地震が襲い、 約6万人もの市民がその犠牲になったという 史実をあげる。 この震災の犠牲者数は、 ヨーロッパにおける伝続的な キリスト教の信仰の構造を崩壊させるのに 十分な数であった。 「当時の人たちにはわけがわかりませんでした。  その恐怖と、あまねく慈悲深い神という概念との  折り合いをつけられませんでした。  そうした地震による大災害に対して、  どんな答えを用意すればよいのか  まったくわからなかったのです。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■組織と経営というテーマ■~政治と経済の間の暗闇

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おはようございます。 10日ぶり、 ところどころに雲が浮かぶものの、 青空が広がる川崎の朝です。 昨夜の強風の影響もあるのか、 朝の厳しい冷え込みは高知以上でした。 今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ 1946年には、 ゼネラルモーターズで行なわれている仕事を 徹底的に解剖した『企業とは何か』を出版し、 新たな境地に入る。 ドラッカーは同社を単純に、 ひとつの企業としてではなく、 もっと広範なコミュニティーを 背景にして活動を続ける 社会的な存在だと捉えた。 組織と経営をテーマにした、 深い洞察力に富んだこの分析だが、 必ずしも万人受けしたわけではなく、 政治と経済の間の暗闇に落ち込んでようで、 これを評価し検証した人はごく一部にとどまった。 「当時、ある評論家はドラッカーについて   こんなことを言っています。  「その並外れた能力がもっとまともなテーマに   向けられることを願っている」。   ありがたいことに、ドラッカーが   この批評を受け入れることは   ありませんでした。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■著作を貫く確固とした信念■~関心を持つのは人の行動~

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おはようございます。 未明の高知、冷え込んだ朝、 空は晴てます。 一週間余りの帰郷、今日上京します。 来週からは社会復帰、ひと踏ん張りしましょう。 良い一日をお過ごし下さい。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーがイギリスに移住し、 ケンブリッジ大学で、 経済学者ケインズの講義を受けているとき、 頭にこんなことがひらめいた。 「突然気がついた。 私が関心を持っているのは人の行動なのに、 ケインズをはじめ、教室の聡明な学生が みな関心を持っているのは、 生産物のほうだった」 そして、1939年、ドラッカーは初めての著書 『「経済人」の終わり』を出版し、 自分が別れを告げたヨーロッパ大陸に見られる ファシズムの台頭に鋭く切り込んだ。 その後、1942年には『産業人の未来』を出版した。 「この著作の中核にあったのは、  現代企業は、個人に対しては  尊厳や意義そして社会的な地位を与えながら、  一方で、その強大な力と権威を  正当化しなければならない、  という認識でした。  これが、それ以降60年間にわたって  ドラッカーの著作を貫く確固とした  信念になったのです。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■ドラッカー哲学の核心■~怠れば衰退あるのみ。~

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おはようございます。 青空から、明る陽が差す高知の朝です。 正月4日、今日が仕事始めの方も多いことでしょう。 一年間のスタート、頑張りましょう。 私はもう一日、ふるさとを楽しんで、 明日上京です。 今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ 1940年代の講義。 1940年代に入る前すでに、 後にドラッカー哲学の核心を 形づくることになる出来事が 次々に起こっていた。 ワルツマンは、その中でも特筆すべきなのは、 ドラッカーの初期の著作を焼き捨て 出版禁止にしたナチ政権が ヨーロッパを席巻したため、 1933年に祖国オーストリアからイギリスに移住、 そして1937年にアメリカへ移住したという事実だ、 と続ける。 「知識は絶えず磨かれ鍛えられ、   そして育まれなければならない。   怠れば衰退あるのみ。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (1940年代)

■マネジャーが第一に背負う責任■~決して道をはずすことなかれ~

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おはようございます。 新年三日目、快晴の高知の朝です。 今朝も相当冷え込みました、 川崎よりきつい感じです。 まだ三日、やりまっせ。。 今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ワルツマンは、本書の編集は、 簡単な化粧直し程度ではすまない 大手術であったとした。 そして、潔癖主義の人たちは、 その手法に不満を感じるかもしれないと考えて、 講義のオリジナル版をクレアモントにおいて開放してある、 と続ける。 ワルツマンは、本書を誰でも読んで 楽しめる書物にすると同時に、 あらゆるマネジャーが第一に背負う責任だと ドラッカーが信じている行動基準に 一貫してこだわって作業を進めたとする。 「これは、あらゆる編集者にとっても  適切なアドバイスになっていると思います。  つまり、  「何があろうと、決して道をはずすことなかれ」  ということです。」 ~P.F.ドラッカー 「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」 (はじめに)