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5月, 2024の投稿を表示しています

■ナチズムへの正面からの挑戦■~フリードリヒ・ユリウス・シュタール~

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 おはようございます。 四万十川の朝、 雲が川面を曇らせています。 西土佐の星羅四万十、 昨晩はあいにく雲が多い夜空でしたが、 天文台でおぼろ月のクレータが見られました。 ぬるっとした用井温泉もいい湯でした。 日曜日、良い休日をお過ごし下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ヒトラーやナチスが 権力を握るなどというのは、 ドラッカーから見れば あってはならない出来事だった、 とした。 そしてドラッカーは、 ナチスの手が自分におよばず、 自分の側でもナチスと いっさい無関係でいられるように、 計画を練ったのだと続ける。 本、いや、小冊子の執筆も決意したが、 そのテーマは、 ドイツでただひとりの政治哲学者にして、 自身と同じユダヤ系でもある フリードリヒ・ユリウス・シュタールだった。 「自由を守ろうとした   シュタールを称賛するこの本は、  『ナチズムへの正面からの挑戦』  だった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■ヒトラーやナチスの台頭■~ドイツを出国する準備~

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 おはようございます。 快晴の高知の朝です。 今日は陽射しが強く、 夏日となりそうです。 お気を付け下さい。 土曜日、良い週末をお過ごし下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーは仕事で 成果をあげたばかりか、 1931年、 弱冠22歳にして法学博士号を得た、 とした。 そしてドラッカーは、 新聞記者としてフルタイムで働くかたわら、 法学の教鞭をとり、 雑誌にも寄稿していたと続ける。 さらに新聞社の仕事に飽き足らず、 転職活動までしていたが、 その一方でドイツを出国する準備も 進めていたとする。 「ヒトラーやナチスが  権力を握るなどというのは、  ドラッカーから見れば  あってはならない出来事だった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■第一次大戦のあおり■~社会を支える層の壊滅~

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 おはようございます。 快晴の高知の朝です。 このところ涼しさが続いていましたが、 今日は夏日となりそうです。 寒暖差、服装で上手く調整してください。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 自身が20代はじめで 大新聞社の主筆になったことは、 優秀だったからではなく、 たんに上の世代がいなかったからだ、 とした。 そして、 20代のころには、 30代の人口は極端に少なく、 彼らはフランドル、ベルダン、 ロシア、イゾンツォなどの 墓地に眠っていたのだ、 と続ける。 さらに最近の人々、 とりわけアメリカ人は ほとんど想像できないだろうが、 第一次大戦のあおりにより、 ヨーロッパでは 社会を支えるはずの層が 壊滅してしまったのだとする。 「ドラッカーは仕事で  成果をあげたばかりか、  1931年、  弱冠22歳にして法学博士号を得た。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■大新聞社の主筆■~大戦後のヨーロッパの状況~

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 おはようございます。 東の空に雲が浮かんでますが、 上空は晴れてます。 今日は一日晴れ、 気持ちに良い一日になりそうです。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは1929年に、 株式の大暴落が起きたため、 ほどなく失職し、 当地最大の新聞社で金融記者として 勤めることになった。 そしてドラッカーはその新聞社で、 またたくまに頭角を現し、 二年後には海外ニュースや 経済ニュースを担当する 上級ポストに就いた。 ドラッカーは、 このスピード昇進は実力よりもむしろ、 第一次大戦後のヨーロッパの状況を 反映したものだ、 と述べている。 「わたしは20代はじめで  大新聞社の主筆になったが、  これは優秀だったからではなく、  たんに上の世代がいなかったからだ。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■怪物と子羊■~新聞社の金融記者~

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おはようございます。 薄曇りの高知の朝です。 これからぽつりぽつりと降り始め、 一日続きそうです。 強くはならないようです。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 1932年春ドラッカーは、 フランクフルトを去る決意を 固めていたとする。 そしてそれは、 つぎの年にナチスが政権をとったら、 ドイツがどのような方向へ進みそうか、 見通していたのだと続ける。 ドラッカーがドイツに入国したのは 1927年で貿易会社で働くために ハンブルクへおもむいたのだが、 一年あまりののちにフランクフルトへ移り、 アメリカの金融機関の ヨーロッパ支店に勤務した。 「ところが1929年に  株式の大暴落が起きたため、  ほどなく失職し、  当地最大の新聞社で金融記者として  勤めることになった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■目標であり模範■~厳しいなかにも楽しい~

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 おはようございます。 青空の広がる高知の朝です。 今は冷やっとしますが、 日中はぐっと気温が上がりそうです。 寒暖差にお気を付け下さい。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 自分は収入を必要としていたため、 いずれにしても教職の道に入ることに なったかもしれないが、 エルザ先生とゾフィー先生という ふたりの素晴らしい恩師に出会わなかったなら、 それが実現する可能性は低かっただろう、 とした。 そして、 あのふたりの先生との思い出がなかったら、 自分が教壇に立つことには 抵抗があったと思うと続ける。 先生たちは、 厳しいなかにも楽しさが宿った、 中身の充実した教育は 可能なのだと教えてくれた。 「あのふたりの女性教師は  目標であり模範なのだ。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■エルザ先生は「ソクラテス式問答の名手」■~ゾフィー先生は「禅師」~

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 おはようございます。 まだ少し雨が残る高知の朝ですが、 この雨も昼までの様ですね。 週明けの月曜日、 今週もよろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ゾフィー先生は生徒が絵を描けずにいると、 クレヨンや絵筆を手にとり、 非写実的な手法で幾何学模様のような絵を 描いて見せたがそれはちゃんと ネコの絵だとわかった。 いくつもの線やかたちのなかから、 ふいにネコの姿が浮かび上がり、 生徒たちが歓声をあげると、 先生も目を細めるのだった。 ドラッカーは、 先生は生徒を褒めるとき、 ただ笑みを浮かべるだけだが、 褒められたほうにしてみれば 無上の喜びだったとする。 そしてクレイムズは、 先生は何があろうとも、 決して生徒を叱責しなかったとし、 ドラッカーは、 エルザ先生を「ソクラテス式問答の名手」、 ゾフィー先生を「禅師」と呼んだ、 とする。 ついでドラッカーは、 次のとおり驚くべき告白をしている。 「自分は収入を必要としていたため、  いずれにしても教職の道に入ることに  なったかもしれないが、  エルザ先生とゾフィー先生という  ふたりの素晴らしい恩師に出会わなかったなら、  それが実現する可能性は低かっただろう。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■言葉ではなく表情やしぐさ■~とても小柄な先生~

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 おはようございます。 小雨が降る高知の朝、 今日は一日雨ですね。 日曜日、良い休日をお過ごし下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ゾフィー先生は美術を教えており、 その工房はイーゼル、クレヨン、絵筆、 木工具、ハンマー、小さなミシンなどで溢れる 不思議な空間だった。 そして先生は、 たいていのものを生徒たちに 試しに使わせてくれたという。 ドラッカーは、 先生はいつでも手を差し伸べてくれたが、 助言や戒めの言葉はまったくなかったとし、 言葉ではなく表情やしぐさをとおして 生徒を教え導いた、 とする。 生徒たちが絵を描いたり、 工作に取り組んだりしていると、 その様子をしばらく眺めてから、 自分の小さな手 ―先生はとても小柄だった― で生徒の手をとり、 正しいやりかたを 相手が体得するまで教えるのだった。 「生徒が絵を描けずにいると、  先生はクレヨンや絵筆を手にとり、  幾何学模様のような絵を描いて見せた。  非写実的な手法だったが、  それでもちゃんとネコの絵だとわかった」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■美術を教えるゾフィー先生■~生徒の名前を覚えなかった~

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 おはようございます。 薄曇りの高知の朝です。 これから晴れますが、 夜には一雨ありそうです。 土曜日、良い週末をお過ごし下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ゾフィー先生は エルザ先生とは正反対に、 生徒自身に大きな関心を持っており、 生徒たちはゾフィー先生のまわりに 輪をつくっていた、 とした。 そしてゾフィー先生のそばには いつも生徒がおり、 何かがうまく行かないと、 いちばん年長の生徒でさえ、 先生のもとへ駆け込むのだった。 ゾフィー先生のもとには 悩みや自慢話が持ち込まれ、 先生は生徒たちの名前を まったく覚えていなかったが、 いつでも彼らを抱きしめたり、 背中をぽんと叩いたりして、 褒め言葉やお祝いの言葉をかけるのだった。 「ゾフィー先生は美術を教えており、  その工房はイーゼル、クレヨン、絵筆、  木工具、ハンマー、小さなミシンなどで溢れる  不思議な空間だった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■ゾフィー先生のまわりに輪■~生徒自身への関心~

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 おはようございます。 今朝も快晴の高知です。 昨日は肌寒い一日でしたが、 今日は暖かくなりそうです。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 エルザ先生は力を伸ばすべき分野、 特に、力があるはずの分野で足踏みをしていると、 まるで報復の天使のように、 生徒たちに厳しい態度で臨むのだった、 とした。 そして、 エルザ先生の素晴らしさ、 偉大さについて、 ドラッカーは、 先生は生徒たち自身ではなく、 生徒の『学び』に関心を寄せていたが、 それでも、 ひとりひとりの生徒の名前や性格、 そして何より強みを、 ものの一週間で頭に入れてしまったととし、 生徒は先生を慕うというより、 むしろ崇拝していたと書いているとする。 姉妹教師のもう一人、 ゾフィー先生についてドラッカーは次のとおり 記している。 「ゾフィー先生は  エルザ先生とは正反対に、  生徒自身に大きな関心を持っていた。  生徒たちはゾフィー先生のまわりに  輪をつくっていた。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■報復の天使のように■~力があるはずの分野~

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 おはようございます。 東の空に赤く染まった雲が浮いています。 高知の朝は肌寒く感じるくらいです。 今日は一日晴れても、 気温は穏やかなようです。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 エルザ先生が生徒の力を伸ばし、 独力で前へ進めるように、 フィードバックを与えるという考えは 後年ドラッカーの代表的な教えの ひとつとなった、 とした。 それは、 能力が向上するかどうかは すべて本人の努力しだいであるため、 自己啓発ができるように、 従業員には必ずフィードバックを 与えなくてはいけない、 という主張である、 と続ける。 学年のはじめにエルザ先生はピーターに、 よい成績をあげても決して 大げさに褒めたりはしない、 褒めるのはたまにだと伝えた。 「ところが、  力を伸ばすべき分野、  特に、力があるはずの分野で足踏みをしていると、  まるで報復の天使のように、  生徒たちに厳しい態度で臨むのだった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■独力で前へ進む■~ドラッカーの代表的な教え~

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 おはようございます。 東の空から明るくなり始めた 高知の朝です。 少し冷やっとします。 日中も落ち着いた気温の様ですね。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ エルザ先生とは、 毎週一回、 一対一で進み具合を 確かめることになった。 先生は、何度もうそをつくなど、 ひどく行いの悪い生徒には、 とても厳しい罰を与えたが、 決してほかの生徒たちの前で 叱りつけることはなかった。 エルザ先生は、 ひとりひとりの生徒の得意分野を大切にし、 それを伸ばすために、 短期長期、 両方の目標を設け、 そのあとではじめて、 弱い分野にも目を向けるのだった。 「そして、  生徒が力を伸ばし、  独力で前へ進めるように、  フィードバックを与えた。  これは後年、  ドラッカーの代表的な教えのひとつとなった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■算数がよくできますよ。■~見直しや検算の方法~

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 おはようございます。 雲が空を覆う高知の朝です。 昨晩は断続的に雨が降ったようです。 これから晴れ、 夏日予報になってます。 GW明けの火曜日、 頑張りましょう。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ エルザ先生はピーター少年に、 自分で思っているよりも 算数がよくできますよと 励ました。 ほかの先生からは算数のできが悪い、 と告げられていたので、 計算が得意だと言われたのは、 ピーター少年にとっては 予想外だった。 エルザ先生は、 成績は思わしくないが、 それは算数がわかっていないからではなく、 途中で気を抜いてしまい、 しっかり見直しをしないから、 良い点数がもらえないだけだと、 辛抱強く説明した。 さらに、 ほかのみんなより 間違いが多いわけではなく、 ただ、間違いを見つけられずに いるだけなので、 今年は見直しや検算の方法を 身につけましょうと言った。 「きちんと身につくように、  あなたと同じ列と前列にすわっている  五人の計算の見直しを  お願いしますからね。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■毎週ふたつの作文を書く■~ひとりひとりの生徒と向き合う~

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 おはようございます。 曇り空の高知の朝です。 アングラ演劇の祖、 唐十郎さんが亡くなった。 寺山修司達と共に新しいカルチャーを 創造した先駆者。 自分の青年時代から影響を受けた人達が 段々と去っていくことはやはり寂しい。 しかしそういう年齢になったんでしょうね。 ゆっくりお休みください。 連休最終日の月曜、良い休日をお過ごし下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ エルザ先生は、 学期のはじめの三週間は 試験やミニテストを行い、 生徒にどれだけ知識があるかを 確かめるとした。 その三週間の試験期間が終わると、 エルザ先生は一人ひとりの生徒と向き合い、 どの科目が一番良くできたか、 と訊いた。 ピーター少年が、 読解ですと答えると、 先生はうなずいたが、 その一方、 作文はもう少し練習 しなくてはいけないと言い、 毎週ふたつの作文を書き、 一つは先生が決めたテーマに従い、 もう一つは自分でテーマを決める、 という約束ごとを提案した。 「話し合いの最後に先生は、  『あなたは、自分で思っているよりも  算数がよくできますよ』  とも励ましてくれた。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■ドラッカーの恩師たち■~エルザとゾフィーの先生姉妹~

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 おはようございます。 高知の朝、晴れてますが、 少し雲がかかってます。 GW後半の後半、 気を付けてお楽しみください。 日曜日、良い休日をお過ごし下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ピーター・ドラッカーは後年、 一流の教育者となったばかりか、 ハーバードほか世界的大学からの招聘を 断るまでになったとする。 ところが、ドラッカーにとって最高の師は、 実は小学校四年生のときに出会った 二人の先生だったと続ける。 その先生はエルザとゾフィーという姉妹で、 エルザ先生は、 ピーター少年が入学する12年前の開校時から、 校長先生を務めていたが、 クラス担任でもあったため、 ピーターは週に6日間、 4時間ずつ世話になっていた。 エルザ先生からは、 学期のはじめの三週間は 試験やミニテストを行い、 各生徒にどれだけ知識があるかを 確かめますとの説明があった。 「ピーターはそれを聞いておじけづいたが、  やってみると楽しかった。  なぜなら、採点は自分でするか、  ほかの生徒と互いに採点しあうのだった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■「知恵」を備えている■~素朴な価値観の実践~

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 おはようございます。 朝から青空が広がってます。 今日も夏日、 ”暑熱順化”にご注意を。 土曜日、良い休日をお過ごし下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 「愚かな老婆」が 効き目を発揮したことを語った。 そして、自身が何年ものあいだ ナチスと言い争いをつづけていたが、 少しも効果がなかったと続ける。 それなのに、 祖母はマナーを持ち出して、 相手を説き伏せたのだ。 ドラッカーは祖母を 賢者だとは思わなかったが、 洗練、賢明さ、知性とは違う、 「知恵」を備えているのではないか、 という見方を強めていった。 そしてもちろん、 こっけいな面もあったが、 祖母の主張は 正しかったのではないだろうかとし、 結論として次のとおり語る。 「祖母は素朴な価値観を  暮らしのなかでそのまま実践した。  そのような価値観を二〇世紀に引き継ごう、  少なくとも自分のまわりの人々には  伝えようとしたのである。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■『愚かさ』の効き目■~祖母への疑問~

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 おはようございます。 今朝も快晴の高知です。 GW後半突入、 インバウンドも多く、 高知も込み合いそうです。 金曜日、良い休日をお過ごし下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ 家族全員が、 祖母のナチス党員へのふるまいを知って 震え上がる一方、 胸を熱くしたり、 溜飲を下げたりもした。 そのころドラッカーの父親は、 ナチスを活動禁止にしようと 力を尽くしながらも、 目的を果たせずにいたため、 おばあちゃんに、 街中の路面電車に 毎日のように乗ってもらえたらいいのに と苦笑していた。 このときからドラッカーは、 祖母は本当に「愚かな老婆」なのだろうかと、 疑問を抱くようになった。 そして、 祖母の『愚かさ』が効き目を発揮したのは、 このときだけではないとし、 さらに続ける。 「第一次大戦により国境が引きなおされたあとも、  何日も行列に並ばずに  パスポートを手に入れることができた。  雑貨店では値切って買い物をした。  無法者に鉤十字を外させることにも成功した。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■ハーケンクロイツを外した■~帽子をとっての一礼~

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 おはようございます。 久しぶりに青空が広がる高知の朝です。 飛行機雲が東西に走ってます。 明日からGW後半、どこに向かってんのかなぁ。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーの祖母は 路面電車に乗っているときに 若いナチス党員がつけている ハーケンクロイツについて説教をした。 それを見ていたピーターは、 どうなることかと 息を殺していたという。 ナチス党員は当時すでに、 老女を平気でひどい目に遭わせるよう 訓練されていたのだが、 幸いその若い党員は 鉤十字を外してポケットに入れ、 何分かのちに路面電車を下りると、 祖母に向かって帽子をとって 一礼したのだ。 「家族全員が、  祖母のこのふるまいを知って震え上がる一方、  胸を熱くしたり、  溜飲を下げたりもした。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)

■若いナチス党員■~ニキビ顔のうすのろ~

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 おはようございます。 小雨が降る高知の朝です。 このまま夕方までは降りそうです。 今日から5月、早いものですね。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーの祖母の とっておきのエピソードとして、 ピーターが祖母とともに 路面電車に乗っているときに、 鉤十字をつけた男性が 乗り込んできたときのことを あげる。 その時祖母はじっとしていられず、 立ち上がると傘の先で その若いナチス党員を突いて、 あなたがどんな政治的信条を持っていても、 わたしは気にしないし、 もしかしたら、 なかには意見が合う点もあるかもしれない、 と言った。 そしてあなたのことは、 教養と知性のある若者だと お見受けしましたと言い、 鉤十字を指して、 そのあなたが、 この印のせいで 不快な思いをする人がいることに 気づかないのかしら、 と続けた。 「他人の宗教をおとしめるのは、  ニキビを笑いものにするのと同じくらい、  卑劣な行いでしょう。  あなたも、  『ニキビ顔のうすのろ』なんて  呼ばれたらいい気はしないでしょう?」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 エピローグ)