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■「生来のマネジャー」像■~士気を高める責任~

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おはようございます。 東の青空が茜に染まり始めた 快晴の高知の朝です。 朝は少し冷え込んでますが、 日中は風も少なく 暖かい一日になりそうです。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 かつては経営トップの下には、 おおぜいの半熟練工や 非熟練工がいるだけだったが、 デュポンが一線級の人材を 自社につなぎとめておくために、 中間管理者のポストを設けたのだ、 とした。 そして、 ドラッカーが描いた 「生来のマネジャー」像は、 以下のようなものである、 と続ける。 生来のマネジャーは、 各人をどこに配置すれば 最大限の貢献を 引き出せるかを心得ており、 採用や解雇といった仕事にも 冷静に対処するほか、 その時々で多くても ふたつの優先事項を決めて、 それに力を注ぐ。 さらに次のとおり続ける。 「厄介な問いを投げかけたり、  難しい判断を下したりすることができ、  とりわけ難局でその真価を発揮する。  好ましい気質を培い  人材の士気を高めるのが自分の責任だと、  肝に銘じている。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■マネジャーの需要■~中間管理者のポスト~

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おはようございます。 夜明け間近の高知、 東の空が茜に染まり始めています。 寒さも日中は収まり、 明日はもっと暖かくなりそうです。 春近しです。 月曜日、今週もよろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーは、 生来のマネジャー、 つまり、これといって 訓練を受けなくても 高いマネジメント手腕を 発揮する人々について、 じっくり考えをめぐらせ、 多くの時間を費やして語った、 とする。 そして1870年代以前には、 大企業は存在しなかったため、 マネジャーが大勢いる必要はなかったが、 やがて企業の数が増えたため、 マネジャーの需要もはね上がったのだ、 と続ける。 クレイムズは、 ドラッカーの初期の作品は、 GEやヒューレット・パッカードなどの 著名経営者に影響を与えたが、 中間管理者が登場したのは、 かなり最近になってからである、 とする。 「かつては、  経営トップの下には、  おおぜいの半熟練工や  非熟練工がいるだけだった。  やがてピエール・S・デュポン(1870―1954年)が、  一線級の人材を自社につなぎとめておくために、  中間管理者のポストを設けたのだ。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■「何が正しいか」を考える■~士気を高めるのが責任~

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 おはようございます。 高知の朝は晴れです。 朝は少し冷え込みました。 日中もあまり 暖かくはならないようですね。 明日からは徐々に晴れて気温上昇、 花粉も大量飛散が始まりそうです。 グスっ。。。 日曜日、良い休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーが残した 優れたマネジメントに関する 多くの記述の要点を紹介する。 ●生来のマネジャーは、 好ましい気風を培い、 人々の士気を高めるのが 自分の責任だと、 肝に銘じている。 敏腕マネジャーは、 「誰が正しいか」 などということにはこだわらず、 「何が正しいか」 を考えて実行するのだ。 「こうしてリーダーとしての模範を示すのだ。  このような考え方を理念として掲げ、  会社のすみずみに  行きわたらせなくてはいけない。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■海が荒れ模様なら■~舵をとって針路を定める~

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おはようございます。 未明の高知、 まだ雲が残ってます。 これから晴れて、 しばらく好天が続きそうですね。 土曜日、良い週末をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーが残した 優れたマネジメントに関する 多くの記述の要点を紹介する。 ●生来のマネジャーは、 「危険が迫っているなら、 会議などしている場合ではない」 と知っている。 「海が荒れ模様なら、  生来のマネジャーは  「どうしたらいいか」などと  延々と話し合うのではなく、  みずから舵をとって針路を適切に定め、  すべての乗組員に正しい方向を目指させる。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■正しい問いかけをする■~成果をあげるのが狙い~

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おはようございます。 しっかりとした雨が降る高知の朝です。 ロシアのウクライナ侵攻が始まって1年、 現代社会で起きることとは 想像できない状況が続いている。 毎日のニュースも日常となっているが、 現実として目を離してはならない。 一日でも早く戦争が止むことを祈る。 金曜日、良い休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 優れたマネジメントとは 何かをめぐり ドラッカーが残した 多くの記述の要点を 紹介する。 ●生来のマネジャーは、 正しい答えを見つけるよりも、 正しい問いかけをするほうが 大切だと心得ている。 これもまたドラッカーの金言であり、 的外れな問いに正しい答えを見つけても、 まったく役に立たないどころか、 場合によっては有害ですらある、 というものである。 さらに次のとおり続ける。 「しかも、正しい答えを見つけても、  それだけでは決して十分ではない。  それよりも重要で難しいのは、  あらかじめ決めたとおりに行動して  成果をあげることだ。  マネジメントとは、  知識のための知識を扱うのではなく、  あくまでも成果をあげるのが狙いなのだから」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■生来のマネジャーに共通の特徴■~会社への最大限の貢献~

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 おはようございます。 小雨の降る高知の朝です。 今日から明日にかけ降ったりやんだり、 肌寒い休日になりそうです。 木曜日、良い一日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 マネジャーは優先課題を 多くても二つまでに絞るべきだ、 とした。 そしてドラッカーは、 生来のマネジャーとは どのような特徴を 備えた人々かについて、 明快な考えを持っていた、 と続ける。 さらにクレイムズとの インタビューでドラッカーは、 すでに挙げた三点について語っていたが、 この他にも、 優れたマネジメントとは何かをめぐり 多くの記述を残しているので、 以下に、その要点を 紹介しておきたいとする。 ●生来のマネジャーは、 自分にもまわりの人々にも、 「どうすればわたしは会社に最大限の貢献ができるだろうか」 と絶えず問いかける。 この点についてドラッカーは、 次のとおり述べている。 「優れた経営幹部は、  上司、部下、そして何より他部門の同僚たちに、  折に触れて  『あなたが会社に貢献するためには、  わたしは何をすべきでしょう』  と尋ねる」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■優先順位を決める■~優先課題はふたつまで~

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 おはようございます。 高知の朝、 雲は少なそうですが。 冷え込んでます。 昨日は風が強い一日で 寒さもひとしおでしたが、 今日はなんとか二桁に届きそうですね。 にゃんにゃんにゃんの2月22日、 今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 生来のマネジャーをめぐる ドラッカーの考えを 詳しく見ていこうとした。 その三、 「優先順位を決めるのもお手のものですよ」 クレイムズは、 言うまでもなく、 この資質はこれまでにないほど 重要になってきているが、 マネジャーや専門職のなかには、 週に6日一日に14時間も働いているのに、 ほとんど成果をあげずにいる人々が、 数え切れないほどいる、 とする。 そして、 着実に結果を残してきた人材を 昇進させなくてはいけない、 と続ける。 ドラッカーは、 マネジャーは優先課題を多くても ふたつまでに絞るべきだ、 と考えていたが、 それは三つ以上のことがらを 同時にこなすのは、 どれだけ器用な人でも できない芸当だからだ、 とした。 「一度にひとつの課題に取り組み、  ふたつの優先事項を片づけたら、  その時点では以前に決めた優先順位は  無意味になっているだろうから、  新たに優先順位をつけなおすべきだ、  とも指摘していた。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■採用も解雇もやってのける■~逸材を見出すためのシナリオ~

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 おはようございます。 未明の高知、 雲の多い空です。 これから段々晴れそうですが、 気温は一桁止まりの模様。 暖かくしてお過ごし下さい。 昨日は辻井伸行コンサート、 アンコール4回目でやっと カンパネラ。 締まりました。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 生来のマネジャーをめぐる ドラッカーの考えを 詳しく見ていこうとする。 そのニ、 「採用も解雇も、平然とやってのけます」 クレイムズは、 このような手腕の有無は、 面接で見抜くのは 簡単ではないだろうから、 逸材を見出すためには、 あるシナリオを用意して、 その状況に直面したら どう対処するか、 質問してみるのも一案である、 とする。 そしてたとえば、 能力不足が疑われる架空の 「困った従業員」について説明して、 「あなたならこの従業員にどう対処しますか」 と面接相手に問いかけるのだ、 と続ける。 「もうひとつ、より直接的な方法がある。  採用や解雇をどう処理したか、  結果はどうだったかを、  面接相手の以前の上司に尋ねるのだ。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■ふさわしい仕事を割り当てる■~人間関係を扱う分野~

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おはようございます。 快晴の高知の朝です。 昨日は春一番が吹いて 暖かな一日でした。 今日からしばらく、 寒が戻りそうです。 寒暖差が大きい時期、 体調に気を付けて下さい。 月曜日、今週もよろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 生来のマネジャーをめぐる ドラッカーの考えを 詳しく見ていこう、 とする。 その一、 「各人にふさわしい仕事を割り当てるのが得意です」 クレイムズは、 わかりやすく言い換えると、 生来のマネジャーは、 ひとりひとりの人材について、 どこに配置すれば 最大限の貢献が引き出せるかを、 直感的に見抜けるのだ、 と説明する。 そして、 これはえてして、 言うのは簡単だが、 実行するのは難しく、 マネジメントは 人間関係を扱う分野であるだけに、 なおさらなのだ、 と続ける。 「人材の配置を決めるにあたっては、  各人の強みをうまく活かすだけでなく、  まわりの人々とのいさかいや、  部門どうしの縄張り争いをできるだけ避けるよう、  配慮しなくてはいけない。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■マネジャー選抜も大切■~研修、育成、経験の蓄積~

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 おはようございます。 薄曇りの高知の朝です。 今日は朝から10度超え、 午後からは晴れて さらに暖かくなりそうです。 日曜日、良い休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 生来のマネジャーについて、 ある女性の弁護士を念頭に 説明をした。 そしてこの人物は、 同僚たちよりも早く昇進し、 どこの法律事務所に入所しても、 すぐにマネージング・パートナーの 地位に就いたとした。 クレイムズは、 生来のマネジャーを 輩出するための簡単な 手引きとして、と記し この章では「生来のマネジャーを輩出する」 という考え方を前提としているが、 これもまたパラドクスに満ちている、 と続ける。 「生来のマネジャーを、  どうやって輩出しようというのだろう。  研修、育成、経験の蓄積と並び、  マネジャーの選抜も大切だ、  というのが答えである。  生来のマネジャーをめぐるドラッカーの考えを、  もう少し詳しく見ていこう。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■マネジメントは不向き■~一匹狼なのです。~

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おはようございます。 夜明け間近の高知の朝です。 ポツリぽつりと 雨が降り始めています。 今晩から明日の午前くらいまでは 雨降りですが、気温は高めのようですね。 良い週末をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーが マネジメント書の書き手として 多作であるのは間違いないが、 本人はリーダーにふさわしいDNAは 持ち合わせていない、 と繰り返していた、 とした。 そしてインタビューの当日、 ドラッカーの頭からは このパラドクスが離れないからこそ 次のように述べたのだろう、 と続ける。 ・わたしはほかの人のマネジメントはできません。 ・一匹狼なのです。 ・人材の採用、解雇とも、決してできないでしょう。 ・マネジメントにはとにかく不向きです。 クレイムズは、 片や、これとはまったく対照的に、 生来のマネジャーについては、 何年にもわたる観察をもとに、 以下のように形容した、 とする。 「ある女性の弁護士を念頭に置いた言葉である。  『彼女は、各人にふさわしい仕事を割り当てるのが得意です』  『採用も解雇も、平然とやってのけます』  『優先順位を決めるのもお手のものですよ』」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■マネジメント経験はゼロ■~リーダーにふさわしいDNA~

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 おはようございます。 未明の高知、 夜明けが早くなりましたね。 6時25分朝焼けが始まりました。 冷え込んでますが、 日中は風もなく暖かくなりそうですね。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーが言う 『生来のマネジャー』 という人々を理解するために、 インタビューでの説明を 掘り下げてみたい、 とした。 そしてドラッカーは、 自身の能力について マネジメント書の著者としては 優れていても、 マネジメントを実践した経験は ゼロだと言い切り、 ビジネスに携わった経験は ほとんどない、 と何度となく繰り返していた、 と続ける。 コンサルタントの仕事をする際に、 自身の教えには従わず、 コンサルタントと付き合う際のつねとして、 ドラッカーの行いには倣わず、 言葉に従うようにして欲しい、 というわけだ。 クレイムズは、 ドラッカーは自分の助言内容を 実践したわけではないが、 60年間にマネジメントや 社会をテーマとした本を約30冊、 そしてこのほかに、 小説が二冊、自伝が一冊発行した、 とする。 「マネジメント書の書き手として  多作であるのは間違いないが、  それでもご本人は、  『リーダーにふさわしいDNAは  持ち合わせていないのです』  と繰り返していた。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■『企業とは何か』と『現代の経営』■~どういう人々なのか~

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 おはようございます。 未明の高知。 今日の月はエッジの効いた三日月、 寒さを際立たせます。 昨日は風が強く陽射しの暖かさを 遮りましたが、 今日はいくらか暖かそうです。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 復員兵援護法により 780万人が大学などで 教育を受けた結果、 何百万人もの「知識労働者」が 生まれることとなった、 とした。 そしてドラッカーの 『企業とは何か』は1946年、 『現代の経営』は54年に それぞれ刊行された、 と続ける。 『企業とは何か』は、 分権制の利点を説いた書であり、 『現代の経営』は、 マネジメント経験のない人々に向けて、 事業の輪郭を固め、 人材を管理し、 優先順位を決める方法を示した。 「ドラッカーが言う  『生来のマネジャー』とは  どういう人々だろうか。  それを理解するために、  インタビューでの氏の説明を  掘り下げてみたい。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■マネジャーになる秘訣■~何百万人もの「知識労働者」~

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 おはようございます。 未明の高知、 南西の空に、 上半分が欠けた月が浮かんでいます。 今朝の冷え込みは 久しぶりにしびれた。 日中もこのままさぶそうですね。 暖かくして下さい。 熱燗が良さそうな水曜日、 今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 知識ある人材が増えたため、 いわば需要ではなく 供給に突き動かされて、 知識社会が到来したのだ、 とした。 そして高学歴の働き手が 何百万人も増えたため、 マネジャーになる秘訣を 身につけるためのツールが、 かつてないほど強く求められた、 と続ける。 クレイムズは、 これをドラッカーが 絶妙のタイミングで マネジメントを説いた、 と言われる所以である、 とする。 復員兵援護法は、 1944年に フランクリン・ルーズベルト大統領の もとで成立し、 1956年に失効したが、 その間に、 1600万人の復員兵の およそ半数にあたる 780万人が大学などで 教育を受けていた。 「こうして、  何百万人もの「知識労働者」が  生まれたわけである。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■知識社会の到来■~供給に突き動かされて~

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 おはようございます。 未明の高知、 雲が空を覆っています。 寒くはありますが、 しびれるほどではなくなりました。 2月も中日、 一日一日季節が移ろってます。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 デュポンとスローンは ともに生来のマネジャーだったが 彼らが率いるGMは、 規模が膨らむ一方だったため、 人材を育成してマネジャーを 増やす必要があったとした。 ドラッカーの説明では、 第二次大戦によって 状況が一変したのだとする。 そして、 一変した理由のひとつには、 復員兵援護法により、 アメリカ政府がすべての復員軍人に、 大学の学費や起業資金を 援助すると約束したことにある、 と続ける。 さらに、 この法律により アメリカ社会は大きく変わったが、 なぜなら、 それまで大学進学など 夢にも考えなかった人々が、 雪崩を打って大学の門を 叩いたのだとする。 その上で、、 「・・・・・・そして大学で学ぶと、  工場の現場で肉体労働を  しようとは考えなくなります。  このように、  知識ある人材が増えたため、  いわば需要ではなく  供給に突き動かされて、  知識社会が到来したわけですね」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■有能な人材のつなぎとめ■~人材育成の必要性~

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 おはようございます。 未明の高知は しっかりと雨降りです。 今日日中はこのまま雨、 夜には上がりそうです。 月曜日、今週も一週間よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 クレイムズに 創業家の出身者ではないが、 優秀な人材がいた場合どうするか、 と質問してきた。 クレイムズは、 中間管理者に据えると思う と答えると、 ドラッカーは、 そのとおりで、 デュポンも有能な人材を つなぎとめておくために、 中間管理者のポストを 設けたのだとする。 ここでいうデュポンとは、 1915年から19年まで デュポン社の社長の座にあった ピエール・S・デュポン (1870-1954年)をさしているが、 1920年に破産の瀬戸際にあったGMに 巨額の投資を行い、 アルフレッド・スローンと 力を合わせながら、 この瀕死の自動車メーカーに 分権的なマネジメントの仕組みを 取り入れた。 「デュポンとスローンは  ともに生来のマネジャーだった。  だが彼らが率いるGMは、  規模が膨らむ一方だったため、  人材を育成してマネジャーを  増やす必要があった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■中間管理者のいない会社■~1802年設立のデュポン社~

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おはようございます。 快晴、太平洋からきれいな朝陽が射します。 よさこい温泉の露天風呂、 良い湯に浸かってきました。 日曜日、良い休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 アメリカに来て はじめて接点を持った企業ですら、 最前線の監督者が経営トップに じかに仕事の報告をしていたのだ、 とした。 そしてクレイムズは、 社会に出てからというもの、 ほぼ一貫して中間管理者を 務めてきたため、 中間管理者のいない会社など 想像もつかないため、 中間管理者とは そもそもどのようないきさつで誕生したのか、 質問してみたと続ける。 ドラッカーによると、 いち早く中間管理者を設けたのは 1802年設立のデュポン社で、 1880年までは火薬の製造に 特化していたが、 同族企業の例に漏れず、 経営幹部のポストに就けるのは、 デュポン家の出身者だけだった とのことであった。 今度はクレイムズが 質問を浴びせられる番だった。 「創業家の出身者ではないが、  優秀な人材がいた場合、  あなたならどうしますか」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■中間管理者登場は戦後■~いびつな人員構成~

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 おはようございます。 快晴の高知の朝です。 今日は祝日、 明日までは晴れそうですね。 よさこい温泉でゆっくりしてきます。 土曜日、良い休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 1918年当時の企業といえば、 ごく一握りのマネジャーが 最上層部を占め、 その他は、 大勢の半熟練あるいは 非熟練労働者が いるだけであった、 とした。 そして、今日のような 中間管理者が登場するのは 戦後だとしたが、 ひと呼吸おいてから 第二次大戦前は、 中間管理者は人数が ごくごくわずかで、 多くの企業は長年、 そのようないびつな 人員構成をとっていたのだ、 と言葉をつづけた。 もっとも、 「いびつ」というのは クレイムズなりの表現であり、 ドラッカーがこの言葉を 用いたわけではない、 とする。 ドラッカーはさらに次のとおり続けた。 「実際のところ、  わたしがアメリカに来て  はじめて接点を持った企業ですら、  最前線の監督者が経営トップに  じかに仕事の報告をしていたのですよ。  メーカーですがね、  たとえばコネチカット州のレミントンなどです」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■限られた貴重な時間■~一握りのマネジャー~

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 おはようございます。 未明の高知は、 路面が濡れています。 今日は晴れて三日目の雨のまわり。 明日からは晴れそうです。 東日本では雪が降りそうですね。 お気を付け下さい。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーへの インタビュー当日、 クレイムズは、 神経を張りつめていた。 そして、それがいかに 限られた貴重な時間であるか、 いやというほど 分かっていたからである、 と続ける。 午前中はあっというまに過ぎ、 正午を少し回ったころ、 レンタカーを運転して、 クレアモントの中心部にある ドラッカーお気に入りの イタリアン・レストランへ行った。 クレイムズは、 大企業の起源については 既に少し聞いていたが、 その後の発展ぶりについても 知りたかったとする。 ドラッカーはこう述べた。 「ごく最近まで、  おおかたのマネジメント書は、  1918年当時の企業のありかたを  前提としていました。  そのころの企業といえば、  ごく一握りのマネジャーが最上層部を占め、  そのほかは、おおぜいの半熟練あるいは  非熟練労働者がいるだけでした」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■ドラッカーの自選・六大著書■~意外なタイトル~

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 おはようございます。 未明の高知、 月が昨日と同じ場所に浮かんでます。 今も一日晴れ、 明日は雨になりそうです。 晴れは三日続かないようですね。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズはドラッカーから、 自身が最も重要だと考える 自書6冊のタイトルを教えられた、 とする。 そして、 最初の二冊は当然として、 なかには意外なタイトルも 含まれている、 とする。 「『企業とは何か』(1946年)  『現代の経営』(1954年)  『創造する経営者』(1964年)  『経営者の条件』(1966年)  『断絶の時代』(TheAgeofDiscontinuity)(1969年)  『イノベーションと企業家精神』(InnovationandEntrepreneurship)(1985年)」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■マネジメントを語ると同じ■~想像すら不可能~

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 おはようございます。 未明の高知、 雨は上がり、 西の空には くっきりとした月が 浮かんでいます。 いくらか冷え込みは緩んでます。 日中も3月並みの暖かさになりそうです。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ 『ビジョナリー・カンパニー』の ジム・コリンズは、 ドラッカーを二〇世紀の 最も影響力ある人物と呼ぶのは、 きわめて当然だろう、 とした。 そしてコリンズが 『ビジョナリー・カンパニー』で 取り上げた18社は、 何年にもおよぶ調査期間をとおして、 市場平均の15倍もの 株価パフォーマンスを示した、 と続ける。 『ビジネスウィーク』の 編集主幹ジョン・バーンは、 20年以上ものあいだに 何度もドラッカーにインタビューを行ったが、 『ビジネスウィーク』の 「マネジメントを発明した人物」 という特集において、 ピーター・ドラッカーについて語るのは、 マネジメントについて語るのと同じである、 とした上で次のとおり続けた。 「そしてそれは、近代企業の誕生と、  企業を舵取りする  経営者をめぐるストーリーでもある。  ドラッカーの分析を抜きにしては、  世界各地で広く事業展開する企業について、  想像をめぐらすことすら不可能に近い」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■サッチャーへの助言■~何千もの組織を啓発~

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 おはようございます。 未明の高知、 予報通り雨が降ってます。 気温も高く、 エアコン要らずの朝です。 今日はこのまま夕方まで降り続けそうです。 傘を忘れずに。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 いずれにせよ、 ドラッカーが時代の要請に応えるようにして、 貴重な思想・著述活動を展開した点については、 異論を唱える人はほとんどいないだろう、 とした。 そしてさらに、 ドラッカーは『現代の経営』を上梓して以来、 およそ50年にわたり、 数多くのリーダーや明日のリーダーを目指す人材を 感化しつづけた、 と続ける。 そのなかには、GM、フォード、 世界銀行のトップなど、 錚々たる人物が含まれており、 一説によれば、 イギリスの鉱山経営を民営化すべきだと、 イギリスの元首相 マーガレット・サッチャーに助言したのも、 ドラッカーだとされる。 『ビジョナリー・カンパニー』で著名な ジム・コリンズは、 自身がドラッカーから直に 影響を受けていたとし、 執筆に向けた調査のなかで、 共著者のジェリー・ポラスとともに、 数々の偉大な企業のリーダー達が、 ドラッカーの著書を読み、 啓発されていたことを知った、 と述べている。 コリンズは、さらに次のとおり続けた。 「メルク、プロクター・アンド・ギャンブル、  フォード、GE、モトローラなどである。  くわえて、警察、交響楽団、政府機関、企業など、  何千もの組織を啓発したのだから、  ドラッカーを二〇世紀の最も影響力ある人物と呼ぶのは、  きわめて当然だろう。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■ドラッカーの胸の内■~時代の要請に応える男~

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おはようございます。 未明の高知、 曇り空のようですね。 今夜には雨が降り始め、 明日は本格的に降りそうですね。 月曜日、今週もよろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ジャック・ビーティは、 マネジメントを 二〇世紀の大きな社会革新として 位置づける本は、ほかならぬドラッカーの 『現代の経営』だった、 とした。 そしてクレイムズが、 ドラッカーは1954年に マネジメントを発明した、 というビーティの言葉を引き合いに出し、 感想を求めると、 ドラッカー本人はさも愉快げに そうなのですか?、 と答えたと続ける。 さらに、数年来の慣わしどおりに、 マネジメントを発明したわけではない、 と謙遜したのかそれとも話題を 逸らしたかっただけなのか、 いまもってドラッカーの 胸の内は測りかねる、 とする。 「どちらにしても、  ドラッカーが時代の要請に  応えるようにして、  貴重な思想・著述活動を  展開した点については、  異論を唱える人は  ほとんどいないだろう。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■歴史上最も重要な経営書■~マネジメントを発明した男~

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おはようございます。 快晴の高知の朝です。 暦通りの春の日和です。 日曜日、良い休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 『現代の経営』は、 現代マネジメントの 方法論を説いた金字塔として、 高い評価を得たのだ、 とした。 そしてこの本についてコリンズは、 歴史上最も重要な経営書だ、 とも述べているが、 これはビジネス書史上に残る ベストセラーの著者による、 格別の賛辞であると続ける。 『マネジメントを発明した男ドラッカー』 の著者ジャック・ビーティは、 『アトランティック・マンスリー』の 上級編集者にして、 NPR放送のコメンテーターも務める人物であるが、 コリンズと同じ意見のようである。 ビーティは、 ドラッカーに長時間にわたる インタビューを行った経験を持ち、 『現代の経営』の意義について、 「ピーター・ドラッカーは、 1954年11月6日前後に マネジメントを発明したが、 まさに絶妙のタイミングだったとし、 さらに次のように続ける。 「当時は、50年代から60年代にかけての  マネジメント・ブームが沈静化の兆しを見せていたが、  ブームを総括して経営者にマネジメントを説く本、  マネジメントを二〇世紀の大きな社会革新として位置づける本は、  いまだ世に出されていなかったのだ。  この役割を果たしたのが、  ほかならぬドラッカーの『現代の経営』だった」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■現代マネジメント方法論の金字塔■~『現代の経営』をひもとく~

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おはようございます。 雲の多い高知の朝、 東の空が少し赤く 染まり始めてきました。 今日は立春、 寒明け春が始まる日です。 寒の底だけに寒いです。 土曜日、良い週末をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーは、 マネジメントという専門分野を確立し、 世の中の大きなニーズに応えて、 生来のマネジャーでなくても 企業の舵取りをそつなく こなせるようにした、 とした。 そして第二次大戦後に マネジメント・ブームが起きると、 企業の数が目覚ましく増え、 各社の規模も急拡大したため、 大勢のマネジャーが必要となり、 彼らの教育にドラッカーの本が 活用されることとなった、 と続ける。 クレイムズは、 『現代の経営』の刊行(1954年)は 実に画期的な出来事で、 現代マネジメントの 方法論を説いた金字塔として、 高い評価を得たのだとする。 「たとえば、  『ビジョナリー・カンパニー2』の著者  ジム・コリンズによれば、  ヒューレット・パッカードの  共同創業者であるデービッド・パッカードは、  自社の目標を定めるにあたって、  ドラッカーの『現代の経営』をひもといたという。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■マネジメントという専門分野■~企業の舵取りをこなせる~

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おはようございます。 未明の高知、 雲に星が隠れています。 寒いです。 日中も寒そうですね。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 大企業が登場するまでは、 一族のなかで最も有能な人物が ファミリー企業を率いていたのだ、 とした。 そしてそのなかでも卓越した人々を、 ドラッカーは「生来のマネジャー」と呼んだが、 あるとき突然、 生まれながらの経営者に頼っては いられなくなったのだ、 と続ける。 さらに、 優れた経営者の需要が少なければ、 生まれながらの資質を持った人材だけで それに応えられるが、 必要な経営者の数が増えると、 マネジメントを教えたり 学んだりする仕組みが 欠かせないので、 そこでドラッカーがその仕事を 引き受けたのだとする。 「ドラッカーは、  マネジメントという専門分野を確立し、  世の中の大きなニーズに応えて、  生来のマネジャーでなくても  企業の舵取りをそつなくこなせるようにした。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■一族のなかで最も有能な人物■~近代企業の誕生~

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 おはようございます。 未明の高知、 星が見えない空、 生温い風が吹いています。 春近しなんでしょうか。 今日も一日晴れそうです。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーが より大きな文脈のなかで クレイムズの狙いに 貢献しようとする様子が、 はっきりと伝わってきた、 とした。 そしてその道の先達たちの功績についても、 長い時間をかけて語っており、 大企業が誕生した 1870年代ごろから説き起こした、 と続ける。 真の大企業と呼べるものが生まれたのは、 南北戦争(1861-65年)の後で、 面白いことにこの頃、 アメリカ、ドイツ、イギリスで 相前後して大企業が誕生、 フランスはやや後れを取ったが ドラッカーは、 ほかの大国とくらべて、 フランスでは同族企業の伝統が 長く続いたのだとした。 どの時代にも経営者はいましたが、 人数はごく限られ、 ごく稀な存在でした。 「大企業が登場するまでは、  一族のなかで最も有能な人物が  ファミリー企業を率いていたのだ。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)

■人生や思想の一端に触れる■~近代企業の誕生~

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 おはようございます。 雲の多い高知の朝です。 ミャンマーでの軍事クーデター発生から2年。 4年位前に高田馬場でミャンマーからの 20名ほどの留学生とのワークショップを 行ったことを思い出す。 彼らは学校に通いながらIT勉強会を 自分達で開催するまじめな青年達だった。 皆祖国の恵まれない環境の中、 日本で働いて、何とか家族を幸せにしたいと願う 熱意とひた向きさを強い覚悟で持っていた。 最悪の環境が続く中、 現在交流はないが無事で暮らせていることを願うばかり。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ドラッカーの人生や 思想の一端に触れる、 かけがえのない機会を 与えられたとする。 そしてその中には、 門外不出のストーリーや教えも 含まれていた、 と続ける。 インタビューをはじめてほどなく、 ドラッカーがより大きな文脈のなかで クレイムズの狙いに貢献しようとする様子が、 はっきりと伝わってきた。 「そのための最善の方法は、  近代企業の誕生から  説き起こすことだと考えていたようだ。  近代企業はいつ、  どのようにして生まれ、  組織のつくりはどのようなものだったのか――。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第5章生来のマネジャーと中間管理者)