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■責任という重荷を負うこと■~ソースも肉も大事~

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働くことのマネジメントには、一人ひとりの「責任」が 重要であるとした。 では人が責任という重荷を負うためには何が必要か。 ドラッカーは、そのためには、企業やマネジメントの焦点を 仕事に合すことが重要とする。 働くことに関わる経済、心理、生理、社会、政治という 他の側面が不満足であれば、もっとも働きがいのある仕事さえ 台なしになる。 ソースが不味ければ、になる。 しかし仕事自体が可能であり、仕事そのものにやりがいがなければ、 どうにもならない。 仕事がすべてではないが、仕事がまず第一である。 ソースが最高でも、肉自体が不味ければ台なしである。 ドラッカーは、働くことと働く者への取り組みについて、 所得や住宅や医療など仕事以外の要素も確かに重要だが、 ”やりがいのある仕事”に取って代わるものではないとする。 「たしかに働くことの他の側面が不満足であれば、  もっとも働きがいのある仕事さえ台なしになる。  ソースがまずければ、最高の肉も台なしになる。  だが、そもそも仕事そのものにやりがいがなければ、  どうにもならない。  これは、子供にもわかるほど明らかなことである。」 ~P.F.ドラッカー「マネジメント」 (第3章 仕事と人間 13 責任と保障)