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■ブロンクスビルの自宅に招待■〜妙なことばかり考えていた。〜

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 おはようございます。 東の青空に茜に染まった小さな雲が浮かぶ 高知の朝です。 大晦日、今日も晴れの一日の様です。 この一年は慌ただしい年で、 公私共に新しいステージに入りました。 来年は地固めの年にしたいと思います。 一年間ありがとうございました。 来年もまたよろしくお願いします。 よいお歳を!!! −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 テクノロジーとは、 人間の生産物に影響を与えるだけでなく、 人間そのものを規定し、 人間が自らをいかに見るかを規定するものだった、 とした。 そして、 そういうわけでドラッカーは、 マーシャルをニューヨーク市郊外の ブロンクスビルの自宅に 立ち寄るよう招待したのだった。 やがて彼は、ブロンクスビル、 次にバーモント、そして1949年以降は ニュージャージー州モンクレアの家を 頻繁に訪れるようになった。 ドラッカーは、 彼はいつも自分の考えていることだけに 夢中になってはいたものの、 楽しい客だったが、 20年以上に及ぶ付き合いの中で、 一度たりとも、 ドラッカーが何をしているのかを 尋ねたこともなければ、 說明を聞いたこともなかったと思う、 とする。 「彼もまた、  彼自身のことについては  一度も話したことはなかった。  いつも、彼は考えていることについて話した。  いつも、妙なことばかり考えていた。」 (3 アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■仕事についての抽象的コンセプト■〜人間そのものの規定〜

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 こんにちは おはようございます。 よく晴れた高知の朝です。 オミクロン株がじわじわと足元に広がり始めている。 感染症は人の動きに連動するものだが、 年末始の移動ラッシュが平時並みに近いという。 オミクロンは感染力は強いが、 症状は軽いといわれるが、 感染者数が増えれば医療資源は枯渇に向かう。 油断は禁物。 今年も後2日、少し身辺の整理でもします。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 組み立てラインは道具であるが、 それは人間組織のあり方と 社会自らの社会観に 重大なかかわりを持ち、 産業社会とよばれるに至ったものの 基盤となった、 とした。 そして、 組み立てラインとは、 仕事についての一つの 抽象的なコンセプトである、 と続ける。 しかも、新しい現実として 受け入れられはしたものの、 ものづくり全体から見るならば 小さな部分の一つにすぎず、 事実組み立てラインで 働く者の数はごく一部にすぎなかった。 ドラッカーは、 テクノロジーとは、 教養人やテクノロジストが 考えてきたほど簡単なものではなかった、 とする。 「すなわちテクノロジーとは、  人間の生産物に影響を与えるだけでなく、  人間そのものを規定し、  あるいは少なくとも、  人間が自らをいかに見るかを規定するものだった。」 (3 アメリカの日々 12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■組み立てラインは道具■〜テクノロジーと文化の関係〜

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 こんにちは 四国山脈の上空には、 雲の合間に青空がのぞいています。 見渡す頂にはまだ積雪はないようですが、 高知平野のど真ん中は津々と冷え込んでます。 休肝日明けの水曜日、 今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 活版印刷がグーテンベルクの発明ではなく、 そのはるか前から 中国で使われていたことを知っていたので、 マクルーハンの言うことは理解できなかった、 とした。 ところが中国では、 マクルーハンの言ったことの 何一つ起こってはおらず、 活版印刷なる新しいメディアは、 文化、学問、認識に 何らの影響ももたらさなかった、 と続ける。 中国では、 昔ながらの筆写を陳腐化させることもなく、 いわんや知識、教授法、教授内容、学習内容の いずれをも陳腐化させなかった。 しかしドラッカーはその頃すでに、 テクノロジーと社会、 そしてテクノロジーと文化の関係に関心を 持ち始めており、 あのもやし野郎の言うことには、 何かがあると思った、 とする。 「たとえば、  組み立てラインは道具である。  しかしそれは、  人間組織のあり方と社会自らの社会観に  重大なかかわりを持つ。  それは、産業社会とよばれるに至ったものの  基盤となった。」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■メディアはメッセージなり■〜グーテンベルクの発明ではない〜

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こんにちは 晴天がすがすがしい、南国市の昼下がりです。 今朝は久ぶりに須崎の夜明けを迎えました。 昨晩は、会社メンバーでの初吞み会。 盃が飛び交う土佐の宴、 人の交わりはやはり、こういった場面から始まるなぁと、 実感しました。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 40年前のあのときマクルーハンは 「メディアはメッセージなり」 とは言わなかった、 とする。 そして、当時はまだ、 メディアという言葉には、 コミュニケーションの伝達手段としての 意味はなかった、 と続ける。 しかし、明らかに あの頃、 すでに彼は、「メディアはメッセージなり」 と信じていたに違いなく、 少なくとも、 メディアはメッセージを 規定すると信じていたに違いなかった。 「私もあの英文学部の学部長と同じように、  マクルーハンの言うことは理解できなかった。  私は、活版印刷がグーテンベルクの発明ではなく、  そのはるか前から中国で使われていたことを知っていた。」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■知識とすべきものを規定した■〜あのもやし野郎〜

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 おはようございます。 未明の高知の朝、 天気予報通りの厳しい冷え込みです。 日中も冷え込んだ真冬の一日となりそうです。 月曜日、今週も一週間よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ マクルーハンは、 モダンの世界観をもたらしたのは、 コペルニクスやコロンブスではなく、 活版印刷だったと論じた。 彼の発表が終わると、 聞いていた学部長クラスの一人が、 活版印刷が大学の教授内容に 影響を与えたのかと聞いたところ、 そうではなく、 活版印刷は知識とすべきものを 規定したのだと答えた。 質問者は「そんな馬鹿な」と言ったので、 議長が大急ぎで次の発表者の名を呼び上げることとなったが、 論文発表会が終わって会場から出て行くとき、 先の質問をした某有名大学の 英文学部の学部長が、 連れにこう言うのが聞こえた、 とする。 「あのもやし野郎が  大学について話をし出したときには、  来年採用しようかと思ったんだよ。  でも、どこかの工業大学に譲ろう」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■グーテンベルクの新しいテクノロジー■〜印刷本が教授内容まで変えた〜

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おはようございます。 快晴の高知の朝、 まぶしい日が差し始めました。 今日は、高知交響楽団の演奏会で、 生の音源を堪能してきます。 ムゾルグスキーの”展覧会の絵”が楽しみです。 日曜日、よい休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 マクルーハンとという、 至って平凡に見えた英語教師が、 変なことを言い出した、 とした。 そして、中世の大学は印刷本のおかげで 陳腐化したと言ったまでは、 常識として受け取れたが、 彼は進んで、 印刷本が教授法と表現法だけでなく 教授内容まで変えたために、 近代大学が生まれたと論じた、 と続ける。 この男は、学問の新展開は、 ルネッサンス、ギリシャ・ローマの再発見、 天文学の発展、地理上の発見、 新たな科学とも、 ほとんど関係がないと言っているようだった。 「逆に、それら人類の知的な発展こそ、  グーテンベルクの  新しいテクノロジーがもたらしたものだと言った。  モダンの世界観をもたらしたのは、  コペルニクスやコロンブスではなく、  活版印刷だったと論じた。」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■マクルーハンなる人物がそこにいた■〜カナダ訛りの英語

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おはようございます。 薄い雲が東の空を覆う高知の朝、 昨日の雨はやんだようです。 これから気温が下がり、 年末に向かって厳しい寒さが襲ってきそうです。 土曜日、よい週末をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 マクルーハンとは、 ある学会の会合で 二人とも論文発表者として、 同席したが、 私自身のテーマが何であったかは 覚えていない、 とした。 そして、 ドラッカーがはっきり覚えていることは、 マーシャル・マクルーハンなる人物が そこにいたということだけだったが、 カナダ訛りの英語で彼が発表を始めたとたん、 退屈させられるであろうことを覚悟した。 と続ける。 背はひょろりと高く痩せ、 論文は、近代大学のカリキュラムについての、 あまり興味を引く題目ではなかった。 「次年度の教員採用の目星を付けに来ている  学部長たちを前に行なう論文発表の常として、  彼の論文も当たりさわりのないものに思われた。  ところが、この至って平凡に見えた英語教師が、  変なことを言い出した。」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■彼は、見る人だった。■〜聴衆が体験するのはビジョン〜

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 おはようございます。 未明の高知、 今朝も冷え込みは穏やかですね。 今日は気温が上がり、 日中は18度の予報ですが、 よる遅くには雨が降りそうです。 山沿いではクリスマスにふさわしく 雪になるのかな。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 フラーの講演に 聴衆は釘付けになったが、 誰も、フラーがどう話し、 どう身振りをしたかはもちろん、 どのような姿かたちだったかも覚えていない、 とした。 そして、 40年前のベニントン大学の学生以来、 あらゆる聴衆が体験するのは、 バッキー・フラーではなく、 バッキー・フラーが見るビジョンだった、 と続ける。 ドラッカーは、 フラーは幾何学者を称したが、 彼は、見る人だった、 とする。 「私はマーシャル・マクルーハンとは、  バッキー・フラーと出会った頃、  ある学会の会合で同席した。  二人とも論文発表者だった。  私自身のテーマが  何であったかは覚えていない。」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■話を聞いたという経験■〜聴衆は釘付け〜

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 おはようございます。 午前6時、日の出まで1時間、 今朝も冷え込みはいくらか穏やかです。 日中も暖かそうですね。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 バッキー・フラーの講演に 時間制限は無理だった、 とした。 そして、 彼は抑揚なしに ひたすら話し続け、 初めも中間も 終わりもなかった、 と続ける。 聴衆は釘付けになり、 我を忘れさせられ、 誰も、言葉は一言も 覚えていなかった。 「しかし、話を聞いたという経験は忘れない。  それはあたかも言葉の泡風呂だった。  誰も、フラーがどう話し、  どう身振りをしたかはもちろん、  どのような姿かたちだったかも覚えていない。」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■これから本番■〜講演に時間制限は無理〜

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 おはようございます。 未明の高知、 今朝も厳しい冷え込みです。 日中は少し穏やかな気温となりそうです。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 あの頃、バッキーが必要としていたものは、 評判でも金でもなく大聴衆だった、 とした。 そして、 彼は小さな教室ではぎこちなく、 一対一では落ち着かなかったが、 大聴衆を前にするや、 並ぶ者のない名講師となった、 と続ける。 初めて大学で話をしてもらった夜、 司会のドラッカーは、 45分の講演と若干の質疑応答である旨を 全員に明らかにしておいたが、 実に四時間経っても、 バッキーは話を止めなかった。 ドラッカーが、 たまりかねて中断させようとすると、 手を振って「これから本番だよ」 と言ったのだった。 「ようやく私が話を止めたときには、  夜中の一時になっていた。  バッキー・フラーの講演に  時間制限は無理だった。、」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■バッキーの言葉の泡風呂■〜評判でも金でもなく大聴衆〜

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 おはようございます。 未明の高知、 今朝も厳しい冷え込みです。 須崎駅がリニューアルし、 駅前はイルミネーションで 飾られているとのこと、 縁ある地域、覗いてみたいな。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 バッキーは、 40年前なぜ彼が現実的でないと 言われなければならなかったかを、 今もって理解できないでいるに違いない、 とした。 そして、 ドラッカーはバッキーと、 ほぼ10年間というもの、 かなり頻繁に会った、 と続ける。 彼は、ドラッカーが 1940年代のほとんどを過ごした ベニントン大学の 教授陣に加わることは断ったが、 実際には、彼はよく大学へ来ては 講義をしてくれた、 とする。 「あの頃は、  ベニントン大学の学生だけが、  彼の聴衆だったのではないかと思う。  あの頃、バッキーが必要としていたものは、  評判でも金でもなかった。  聴衆、しかも大聴衆だった。」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■現実のものとなったデザイン■〜今もって理解できない〜

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 おはようございます。 未明の高知、今朝も厳しい冷え込みです。 日中は昨日より暖かくなりそうです。 月曜日、今週もよろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 バッキーは構造材を不要とした 超軽量のダイマクシオン・ハウスよりも、 なぜ人が幾何学的に不完全な 従来型の住宅のほうを選ぶのかが わからなかった、 とした。 そして、彼のデザインしたものたちは、 やがて別の用途に使われ現実のものとなった、 と続ける。 ダイマクシオン・カーは 宇宙開発に使われ、 ダイマクシオン・ハウスは 北極圏のレーダー・ステーションに使われ、 展示館やスタジアムに使われた。 「したがって、バッキーは、  40年前なぜ彼が現実的でないと  言われなければならなかったかを、  今もって理解できないでいるに違いない。」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■あまりに現実志向■〜幾何学的に不完全な住宅〜

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 おはようございます。 快晴の高知の朝、 今季一番の冷え込みでした。 日中は昨日よりいくらか気温が上がりそうです。 好天の日曜日、よい休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 バッキーに言わせれば 現実的でないのは、 世間のほうだった、 とした。 そしてたしかに、 バッキーの問題の一つは、 あまりに現実志向であるところにあり、 自分の考案した妙なデザインを、 ただただ現実的でありたいがために、 自動車、住宅、道路、地図など、 日常のあらゆるものに適用しようとした、 と続ける。 ドラッカーは、 むしろ彼のほうが、 たとえ天井あるいは床からしか 出入りできなくとも、 エネルギー効率のよい 彼の三輪自動車が 普及しないことを不思議がっていた、 とする。 「最大床面積と最小表面積によって暖冷房効率を最大化し、  しかも構造材を不要とした  超軽量のダイマクシオン・ハウスよりも、  なぜ人が幾何学的に不完全な  従来型の住宅のほうを  選ぶのかがわからなかった。」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■現実的だったバッキー■〜きわめて冷静な人間〜

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 おはようございます。 未明の高知、今朝は厳しい冷え込みです。 今年も余すところ2週間、 引っ越し、新しいチャレンジ等気忙しい一年、 少しづつ整理しましょう。 土曜日、よい週末をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 バッキーは自らを幾何学者と規定したが、 彼は地上の秩序以上のものを見、 宇宙の秩序と脈動を体感していた、 とした。 そしてあの頃は、 彼の友人や崇拝者までが、 彼を現実的でないとしていたが、 彼自身は強く否定した、 と続ける。 ドラッカーは、 実はそう言われるほど、 彼を激昂させるものはなかったとする。 「彼は本質的にきわめて冷静な人間だった。  ところが、現実的でないと仄めかされただけで、  声を荒らげて怒った。  彼に言わせれば現実的でないのは、  世間のほうだった。」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■天体の音楽を体感■〜幾何学的なビジョン〜

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 おはようございます。 薄明かりの高知の朝です。 今朝の冷え込みは随分と穏やかです。 昨日の雨も上がり、段々晴れてきそうです。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 バッキーの理論は、 地球上の経済活動は 太陽活動が終わるまで 指数関数的に増大するというものだった、 とした。 ドラッカーは、 もちろん、 バッキーのこの予測には 納得できなかったが、 この彼の経済発展についての予測は、 やがて驚くほど、 正しかったことが明らかになった、 と続ける。 ただしその結論は、 分析や過去の事実とは関係のない 幾何学的なビジョンに 基づくものだった。 「バッキーは自らを幾何学者と規定した。  だが彼は、幾何学すなわち  地上の秩序以上のものを見ていた。  宇宙の秩序と脈動、  昔の言葉でいうならば  天体の音楽を体感していた。」

■エネルギーという一つの要因■〜太陽活動が終わるまで〜

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 おはようございます。 未明の高知、日増しに冷え込みます。 特にこれまでは感じなかった 朝方の厳しい顔の寒さに驚きます。 、 これをよく考えてみると、 川崎ではマンション、 高知では一戸建てという 寝室環境の違いなんですね。 今日は久しぶりに雨が降りそうですね。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 バッキーには、 そもそも冗談はなかった、 とした。 そして、 いつも真剣で、 いつも言葉通りのことを意味していた、 と続ける。 彼のグラフは特異とさえ言えるもので、 大恐慌前の繁栄を望むのがようやくのその頃、 慢性的に停滞し常に危機に見舞われていたラテンアメリカ、 あるいはヒトラーの暴虐によって 崩壊しつつあったヨーロッパにおいてさえ、 やがて経済は、爆発的に伸びると予測していた。 ドラッカーは、 彼はそのようなありえない結論を、 エネルギーというたった一つの要因から 引き出していたとする。 「経済の動因たるエネルギーは  有機的な存在であるがゆえに、  地球上の経済活動は  太陽活動が終わるまで  指数関数的に増大するというのだった。」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■半分詩的で半分SF的な造語■〜バッキーに冗談はなかった〜

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 おはようございます。 未明の高知、快晴ですね。 日中は昨日よりいくらか暖かくなりそうです。 水曜日、休肝日明けです。 今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 バッキーは、 ヘンリー・ルースに発掘されて、 技術コンサルタントになっていたが、 そのルースにしても、 彼が考えていることは まったくわからないと言っていた、 とした。 しかしルースは、 異能の士を嗅ぎ分け、 発掘する特別の鼻を持っていたが、 『フォーチュン』には、 バッキーの半分詩的で 半分SF的な造語で示されるものを 理解できる者は一人もいなかった、 と続ける。 ドラッカーにしても、 経済発展を示すグラフを 描くことを妨害することによって、 経済発展そのものを妨害できるという 彼の考えに興味を引かれなければ、 さほどの関心を持つこともなかったと思う、 とする。 「もちろん私は、  それをバッキーの冗談だと思った。  ところがそうではなかった。  彼は本気だった。  そもそもバッキーに冗談はなかった。」 (�V アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■役にも立ちそうにないデザイン■~『フォーチュン』の技術コンサルタント~

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 おはようございます。 未明の高知は5度を下回る冷え込みです。 今日も快晴、 もう秋晴れじゃなく冬晴れなんですね。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ダグラスが最新鋭爆撃機の プロトタイプをつくった数年後、 バッキーは後にエレクトロニクスと よばれるようになったものの 出現を予測した、 とした。 そして、 バッキーはこの類の予測ならば いくらでもでき、 しかも、かなりの報酬を手にできたのだが、 彼がその種の仕事をするのは、 たとえば娘が病気になり、 どうしても医療費を稼ぐ必要が 生じたときだけだった、 と続ける。 ドラッカーは、 そのようなとき以外は、 ダイマクシオン、プライドーム、 テトラへリックス、テンセグリティなる名の、 たとえ機能したとしても、 何の役にも立ちそうにないデザインに 頑迷に取り組んでいた、 とする。 「バッキーは、  ヘンリー・ルースに発掘されて、  『フォーチュン』の技術コンサルタントになっていた。  ところが、そのルースにしても、  バッキーが考えていることは  まったくわからないと言っていた。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■空気力学もエンジンもない時代■~エレクトロニクスの予言~

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 おはようございます。 北の山々には雲がかかっていますが、 東南に目を向けると青空に明るい陽が射しています。 今朝は、昨日よりさらに冷え込みました。 この時間でも冷えています。 高知県地方は連日の快晴で、 放射冷却が進みますね。 月曜日、今週もよろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 バッキーの名が、 テクノロジーの未来学者として 出始めていたにもかかわらず、 働きもせずに馬鹿な考えに 夢中になっている彼に、 わずかしかいない友人たちは、 怒りを感じていた、 とした。 たとえば飛行機についての 未来予測があったが、 聞くところによれば1929年、 ドナルド・ダグラスが、 バッキーのところへ 未来の飛行機の ラフな図を持ち込んだという。 その頃は、空気力学もエンジンも 素材もない時代だったが、 その図を見たバッキーは、 必要なものは理論、エンジン、素材であり、 それらのものは、 きっちり10年後に手に入るであろうと 言ったそうである。 「事実その10年後、  ダグラスは、  後に「空飛ぶ要砦」として知られるようになる  最新鋭爆撃機のプロトタイプをつくったのだった。  その数年後、バッキーは後に  エレクトロニクスとよばれるようになったものの  出現を予測した。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■奇妙な発明に夢中■~テクノロジーの未来学者~

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 おはようございます。 少し雲が出てますが、 明るい日が差し込んできます。 好天の日曜日、よい休日をお過ごしください。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 フラーの書いたものは ベストセラーとなり、 講演は満員で彼はヒーローとなった、 とした。 しかし、ドラッカーが ぶつかった頃、 彼は50歳近くにして無名で、 20年間にわたって、 奇妙な発明に夢中になっていた、 と続ける。 その間夫人が秘書として働き、 生活を支え、 彼のわずかしかいない友人たちは、 働きもせずに馬鹿な考えに 夢中になっている彼に怒りを感じていた。 「なぜなら、  その頃にはテクノロジーの未来学者として  名が出始めていたからだった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■今日彼はヒーロー■~壁と天井にグラフを描く~

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 おはようございます。 未明の高知、今日も寒いです。 日中は昨日同様暖かくなりそうですね。 土曜日、よい週末をお過ごしください。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ある編集者の部屋から 後ずさりをして出てきたときに、 何か大きな物にぶつかって倒れ、 背後でも何かが転がり、 起き上がったようだった、 とした。 そして、倒れたままのドラッカーに、 そのものは、 「これでラテンアメリカの経済発展は10年は遅れた」 と言い置いて、 そのまま行ってしまった、 と続ける。 フラーは車輪付きの足場に乗り、 壁と天井に世界経済の発展について、 大きなグラフを描いていたのだった。 ドラッカーは、 今日、バックミンスター・フラーは 神話的な存在であり、 紳士録での記述は75行、 贈られた名誉博士号も37に 上るだろうとする。 「書いたものはベストセラーとなり、  講演は満員となる。  今日彼は、ヒーローである。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■文字通りフラーとぶつかった■~霧がかかったよう言葉~

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おはようございます。 未明の高知、寒いです。 曇り空も午後には晴れ、 二中は暖かそうですね。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 テクノロジーこそ、 人間学と自己認識の中核に 位置付けられるべきものであるとの認識に 到達しつつあった世代にとっては、 この二人のテクノロジーの予言者こそ、 来るべき新しい現実を垣間見せてくれる存在だった、 とした。 たしかに、 彼ら二人が見せてくれる景色には、 語ってくれる言葉は、 霧がかかったように神話じみていたが、 そのことがまた、 彼らの魅力を増してもいたのだった、 と続ける。 ドラッカーは1940年、 ヘンリー・ルースと「フォーチュン」 創刊10周年記念号の仕事をしている頃、 文字通りバッキー・フラーとぶつかった、 とする。 「ある編集者の部屋から  後ずさりをして出てきた私は、  何か大きな物にぶつかって倒れた。  私の背後でも、  何かが転がり、  起き上がったようだった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■人間学と自己認識の中核■~来るべき新しい現実~

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 おはようございます。 午前6時過ぎの高知は 薄明かりがやっと差し始めたところです。、 昨日は生温かな突風が昼過ぎまで吹き、 驚かされましたが、 今日は大丈夫そうですね。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 テクノロジーがスポットライトまで 浴びるというような変化に対する 通常の反応は激しい拒絶だが、 そのような変化は、 なかったことにするのが一番よい、 とした。 それは、理念や、価値や、美や、知識が、 生計や生産とは無縁だった 古代ギリシャの教養人の世界に 戻れさえしたらという反応だった、 と続ける。 しかし、そのような単純な拒絶の底では、 間もなく新しい見方、 考え方の模索が始まるのも、 通例だった。 ドラッカーは、 フラーとマクルーハンが 突如脚光を浴びることになったのは、 そのような事情においてだった、 とする。 、 「テクノロジーこそ、  哲学、文化、美学、人間学と  結合されるべきものであり、  テクノロジーこそ、  人間学と自己認識の中核に  位置付けられるべきものであるとの認識に  到達しつつあった世代にとっては、  この二人のテクノロジーの予言者こそ、  来るべき新しい現実を垣間見せてくれる存在だった。」

■森に住む何者かが行なう専門的活動■~ときにはスポットライト~

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おはようございます。 未明の高知、 時折強い風が吹きます。 天気は今日も良さそうですね。 昨日から二十四節気の大雪入りしたましたが、 日中は18度まで上がり、 季節外れの暖かさになりそうです。 休肝日明けの水曜日、 今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 テクノロジーが発達してもしても、 教養人の行なうことの意味、 重要性、方向が その影響を受けることはあまりなかった、 とした。 ところが1960年代、 テクノロジーがほかならぬ 人間の活動となった、 と続ける。 それまでは、 誰か知らぬ者、 森に住む何者かが行なう 専門的な活動だったが、 この頃、テクノロジーが 教養人の指定した舞台の袖から出て、 舞台上の役者たちとやり取りをし、 ときには、スポットライトまで 浴びるようになった。 、 「このような変化に対する通常の反応は、  激しい拒絶である。  そのような変化は、  なかったことにするのが一番よい。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■テクノロジストに任せておくもの■~影響を受けることはなかった。~

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 おはようございます。 未明の高知、 寒いですね。 今日は5日ぶりに須崎に行きます。 しばらく開けると、鍋焼きラーメンもいいかも。 寒いし。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 フラーとマクルーハンという 二人の偉大なテクノロジストほど、 環境十字軍の10年におけるヒーローとして ふさわしくない者はいないはずだった、 とした。 だが実は、あの10年は、 外観だけが反テクノロジーだったに過ぎず、 実際には、テクノロジーは あの10年に発見されたのだった、 と続ける。 それまでテクノロジーは、 テクノロジストに 任せておけばよいもので、 テクノロジストがダムを作り、 教養人がジェームズ・ジョイスを読み、 バッハを聴き、自然の法則を発見し、 飛行機にせよ電話にせよ、 教養人がテクノロジーの実りを享受した。 「スチールペンが発明されて  がちょうの羽ペンを削る必要がなくなり、  電球が発明されて  夜遅く本を読めるようになっても、  教養人の行なうこと、  その意味、重要性、方向がテクノロジーの影響を  受けることはなかった。  あったとしてもごくわずかだった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■テクノロジーへの幻滅と敵意■~意識して進化する動物~

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 おはようございます。 未明の高知、 一週間前の天気予報では今日は雨、 しかし晴れそうですね。 月曜日、今週もよろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 マクルーハンにとって テクノロジーとは、 フラーとは別の意味で、 人間完成の道具だった、 とした。 そして、 テクノロジーによって人間は、 自らを変化させ、 成長させる、 と続ける 他の動物が進化の力によって 新たな器官を発達させるように、 人間は新たな道具によって 自らを成長させ新たな存在となる。 ドラッカーは、 テクノロジーへの幻滅と敵意こそ、 1960年代から 70年代前半にかけての時代の大義だった、 とする。 、 「したがって、  バッキー・フラーと  マーシャル・マクルーハンという  二人の偉大なテクノロジストほど、  環境十字軍の10年におけるヒーローとして  ふさわしくない者はいないはずだった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■人間完成の道具■~意識して進化する動物~

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 おはようございます。 今朝も快晴の高知です。 日中も晴れ、外歩きには絶好の様です。 日曜日、良い休日をお過ごし下さい。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 マクルーハンは、 テクノロジーを 人間の延長上のものとして見ていた、 とした。 そして、 チャールズ・ダーウィンと 同時代に進化論を唱えた アルフレッド・ラッセル・ウォーレスは、 「あらゆる動物のなかで 人間だけが意識して進化する。 すなわち道具をつくる」と言った、 と続ける。 ドラッカーは、 おそらくマクルーハンは、 ウォーレスの言葉は 知らなかっただろうが、 彼の考えは、 ウォーレスとまったく同じだった、 とする。 「マクルーハンにとって  テクノロジーとは、  フラーとは別の意味で、  人間完成の道具だった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■テクノロジーとの一体化■~人間の延長上のもの~

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 おはようございます。 まぶしい日が射す高知の朝です。 冷え込みがきつい朝ですが、 日中は晴れても寒そうです。 土曜日、良い週末をお過ごし下さい。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 フラーにとって、 テクノロジーとは天体の音楽で、 それは人間完成への道だった、 とした。 そして、 彼のいうダイマクシオンは、 最大の空間をもたらすデザインで、 19世紀最後の直観論者 マーガレット・フラーの甥として 終始彼女を意識していた、 と続ける。 ドラッカーは、 彼の世界は汎神論の世界で、 テクノロジーと一体化することによって、 人間の神性を体現しようとした、 とする。 「これに対し、  マーシャル・マクルーハンは、  テクノロジーを現世のものとして見た。  それは人間の延長上のものだった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■テクノロジーとは天体の音楽■~彼らは荒野の予言者~

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 おはようございます。 未明の高知、 日増しに朝の冷え込みが厳しくなります。 オミクロン株が世界に急激に広がり、 国内でも2例が確認されたが、 2例確認されればおそらく、 市中への広がりは進んでいるんだろう。 南アフリカ情報では軽症で済むとのことだが、 デルタ株よりか広がりやすいことは間違いない様子。 第6波に突入するのだろうか。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 フラーとマクルーハンが 有名になるずっと前から友人で、 長い間、二人の言うことに 耳を傾けるわずかな人間の一人だった、 とした。 そして、そのドラッカーさえ、 彼らに従う者が現れるどころか、 彼らの声が世に届くことさえ ありえないのではないかと疑っていた、 と続ける。 ドラッカーは、 彼らは荒野の予言者で、 約束の地どころか、 オアシスからさえ、 はるかに離れた荒野にいた、 とする。 「バックミンスター・フラー  すなわちバッキー・フラーにとって、  テクノロジーとは天体の音楽だった。  それは人間完成への道だった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■テクノロジーとは天体の音楽■~それは人間完成への道~

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 おはようございます。 未明の高知、 今朝は冷え込んでます。 12月に入り、 夕暮れ時も急激に気温が 下がるようになりましたね。 昼間が短いこの時期、 日増し冬の空気に変わってきています。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 フラーとマクルーハンが 有名になるずっと前から友人で、 長い間、二人の言うことに 耳を傾けるわずかな人間の一人だった、 とした。 そして、そのドラッカーさえ、 彼らに従う者が現れるどころか、 彼らの声が世に届くことさえ ありえないのではないかと疑っていた、 と続ける。 ドラッカーは、 彼らは荒野の予言者で、 約束の地どころか、 オアシスからさえ、 はるかに離れた荒野にいた、 とする。 「バックミンスター・フラー  すなわちバッキー・フラーにとって、  テクノロジーとは天体の音楽だった。  それは人間完成への道だった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■テクノロジーの予言者■~フラーとマクルーハン~

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 おはようございます。 未明の高知、 今朝の冷え込みは左程 きつくはないようです。 昨晩は雷鳴とどろく豪雨が、 長く続きましたが、 今日は一転して快晴の一日になりそうです。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 バックミンスター・フラーと マーシャル・マクルーハンほど 対照的な者もいない、 とする。 そして、 外見、態度、考え方、話し方など全部正反対で、 フラーはずんぐりして詩を語り、 マクルーハンは ひょろりとして警句を放った、 と続ける。 しかし、 いずれも一九六〇年代の 同時期に時代の寵児となったが、 いずれも理由は同じで、 テクノロジーの予言者としてだった。 「私は、二人が有名になるずっと前から友人だった。  いずれも、最初に会ったのは一九四〇年頃だった。  長い間私は、二人の言うことに  耳を傾けるわずかな人間の一人だった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■西洋文化の日本化■~彼を見た最後だった。~

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 おはようございます。 未明の須崎、 ベランダの向こうの城山も闇の中です。 三か月の須崎暮らしも最後の朝、 明日からは高知の自宅からの通勤となります。 南国市の事業所と須崎本社の行ったり来たりで、 忙しいですが、高速道路が整ってきており、 短時間で楽な移動ができそうです。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 国際会議の公式晩餐会で会ったルースは、 当時68歳だったが、85歳のように見え、 重病人のような顔をしていた、 とした。 しかし、彼はいつものように礼儀正しく、 温かくドラッカーを迎え、 自分の隣の席へ引っ張って行って 座らせた。 そしてドラッカーに、 最近は何をしているかと聞いたので、 ちょうど日本から帰ってきたところで、 日本がどれだけ立派に立ち直ったか、 どれだけ早く西洋文化の日本化を行ったかは、 ちょっと想像もつかないほとだと答えた、 とする。 「ルースは顔をしかめて、  立ち上がった。  背中を見せた。  それが私が彼を見た最後だった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■アメリカのビジョンはつくった■~重病人のような顔~

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 おはようございます。 未明の高知は、 今季一番の冷え込みです。 明後日からは師走、 寒くならないとね。。 月曜日、今週もよろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ルースは、 アメリカ憲法の ビジョンは自分につくらせてくれ、 とは言ったに違いない、 とした。 そして、事実、彼は、 アメリカのビジョンは つくったのである、 と続ける。 ドラッカーは、 ルースに最後に会ったのは、 彼が亡くなる半年前の1966年9月、 ニューヨークで開かれた マネジメントに関する 国際会議の講演者たちのための 公式晩餐会でのことだった、 とする。 「ルースは主催者側の一員だった。  彼はそのとき六八歳だった。  しかし八五歳のように見え、  重病人のような顔をしていた。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■アメリカ憲法のビジョン■~ピカソとバウハウス派のグラフィックス~

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 おはようございます。 眩しい陽射しの高知の朝です。 朝の冷え込みは日増しに 厳しくなってきますが、 今日の日中は暖かくなりそうです。 日曜日、良い休日をお過ごし下さい。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ルースにとっては、 『フォーチュン』が親企業的か反企業的かは、 まるで関心のないことで、 企業が重要で目立つ存在になった という事実が重要だったとした。 しかも彼は、 企業が中心的な存在である 新しい世界の形態を把握するには、 ピカソとバウハウス派の グラフィックスが 必要であることも感知していた、 と続ける。 『フォーチュン』はアメリカで初めて 美術部を持つ雑誌となり、 しかもそこに記事面と 広告面双方の制作を 任せることにより、 読者にトータルな 視覚体験を提供した。 ドラッカーは、 やがて電子情報による 雑誌が生まれるならば、 それはヘンリー・ルースの 落とし子と見るべきである、 とする。 「彼は『憲法は誰が書いてもよい。  国歌は自分に書かせてくれ」  とまでは言わなかった。  彼は、アメリカ憲法のすごさを承知していた。  しかし『政策は誰がつくってもよい。  ビジョンは自分につくらせてくれ」  とは言ったに違いない。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■表意文字の力■~親企業的か反企業的か~

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 おはようございます。 今日もまた快晴の朝を迎えた高知です。 今朝も冷え込みました。 日中は晴れますが、 気温は十度ちょっとと 寒い一日になりそうです。 土曜日、良い週末をお過ごし下さい。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ルースは、 政治的な立場を聞いても 意味はなかったが、 アメリカ人の世界観には 重大な影響をもたらした、 とした。 そして、 ルースの通った 山東省煙台のミッション・スクールでは 英語しか教えていなかったので、 中国語は読めなかったと思う、 と続ける。 しかし、 1939年にドラッカーが 初めてルースと会ったとき彼は、 中国の表意文字を知っているかと聞き、 『タイム』はああいうものにしたいんだ、 と言った。 ドラッカーは、 明らかに彼は、 建築学的なデザインによる 表意文字の構造と意味と感覚を 一字をもって伝える、 表意文字の力を追求していた、 とする。 「彼にとっては、  『フォーチュン』が  親企業的か反企業的かは、  まるで関心のないことだった。  重要なのは、企業が重要な、  しかも目立つ存在になった  という事実だった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■美学は道徳なり■~新たなものの見方~

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 おはようございます。 まぶしい朝日が射す 高知の朝です。 来週は早12月、 晩秋から初冬に 段々と移ろって来てますね。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょ こっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ルースは道徳家で、 酒こそ若干たしなむようになったものの、 終生厳格な長老派だった、 とした。 そして実に彼は、 美学は道徳なりとする キルケゴールと同じ考えだった、 と続ける。 ルースは、 マーシャル・マクルーハンよりも はるか前に、 メディアがメッセージであることを 見抜いていたが、 政治と政策へは 影響をもたらさなかった。 ドラッカーは、 彼は、政治的な 見解は持っていたが、 政治的な立場を聞いても 意味はなかった、 とする。 「しかし彼は、  アメリカ人の世界観には  重大な影響をもたらした。  新たなものの見方というものを、  津々浦々にまで行き渡らせた。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■彼は道徳家だった。■~中身よりもビジョン~

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 おはようございます。 東の空が朝焼けに 染まり始めた高知の朝です。 雲が少し多いようですが、 だんだん取れてきそうですね。 寒い朝ですが、日中は20度近くになり、 快適な一日になりそうです。 木曜日、今日もよろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ルースは中国と 日本以外のことについては、 自分の雑誌の政治的な立場にも、 政治そのものにも関心を持たなかった、 とする。 そして、 そもそも彼は中身に関心がなく、 関心があるのはビジョンだった、 と続ける。 ドラッカーは、 彼にとって重要なことは、 編集者が介入論者であるか 孤立論者であるかではなく、 彼と同じ世界を見ているか、 同じ雑誌をつくろうとしているか、 同じ形態、同じメディアを見ているかだった、 とする。 「彼は道徳家だった。  酒こそ若干たしなむようになったものの、  終生厳格なプレズビテリアン(長老派)だった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■日本を嫌う親中派■~軌道に乗ったヨーロッパ復興~

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 おはようございます。 快晴の稲城の朝です。 今日、引き上げて高知に帰ります。 高知も天気良さそうですね。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 アルースの中国観は、 アメリカに伝統的というべき、 中国に対する一種の 不可思議な感情移入を 反映したものだった、 とした。 そして、あらゆる親中派のご多分に漏れず、 ルースもまた、日本を嫌い、 第二次大戦終結後も久しく 反日的な記事を掲載させていた、 と続ける。 1950年代の半ば、 ドラッカーは、 自身が書いた記事について 解説を求められて『フォーチュン』の 編集会議に出ていたが、 突然ルースが特集の企画を持って 現れた。 それはようやく軌道に乗った ヨーロッパの復興がテーマで、 彼は皆にどう思うか聞いたところ、 口々に素晴らしい企画で、 タイミングがいい、 と言った。 そこへ誰かが、日本の復興も一緒に 載せなければならないと発言したところ、 ルースは本当にそう思うかと皆に聞いた。 「全員が頷いた。『それじゃ止めよう』。  彼は立ち上がって、  そのまま出て行ってしまった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■不可思議な感情移入■~毛沢東の全体主義独裁体制~

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 おはようございます。 稲城の朝はまだ雲が広がっています。 これから雲がだんだん取れ、 日中は晴です。 昨日は川崎のマンションの引き払い。 引っ越し屋の到着が遅れたので、 近所の居酒屋での待ち時間に たくさん飲めました。 今日は久しぶりに孫と遊びます。 火曜日、良い休日をお過ごし下さい。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ルースが全社に押し付けていた 対中政策は見解を越えて、 信念と化したものであった、 とした。 そして、ルースの中国観は、 アメリカに伝統的というべき、 中国に対する一種の 不可思議な感情移入を 反映したものだった、 と続ける。 ドラッカーは、 アメリカに関心を持ち、 アメリカの理想と価値観に共鳴し、 アメリカと共通するものを持っている国は、 清朝の、蒋介石の、毛沢東の中国だけではなかった、 とする。 「ところが、アメリカがうるんだ目で、  センチメンタルに、  ロマンチックな感情を持って見ている国は、  ルースやルーズベルトが理想化する  蒋介石の中国だけであり、  ニクソンやキッシンジャーや70年代のリベラルが  ニューイングランドの  タウンミーティング並みのものに見せかけようとした、  毛沢東の全体主義独裁体制の中国だけなのである。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■見解を越えて信念■~中国観は他の親中派と同じ~

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 おはようございます。 雲がびっしり、 今にも雨が落ちてきそうな川崎の朝です。 今日は引っ越し荷物の運び出し、 あまり濡れませんように。 月曜日、今週もよろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ルース自身は保守主義者だった、 とした。 ところが『タイム』『フォーチュン』『ライフ』の それぞれの編集長はリベラルで、 1940年当時の『タイム』の 編集長ラルフ・インガソルに至っては、 リベラルでも最左翼に位置していた、 と続ける。 しかし、ルースが全社に押し付けていた政策が 一つだけあったが、それが対中政策であった。 他の政策については、 彼は自分の見解というものを持っていたが、 対中政策については、 見解を越えて、 信念と化したものを持っていた。 、 「彼の中国観は  他の親中派のものと同一だった。  ノーベル文学賞作家パール・バックのそれであり、  フランクリン・デラノ・ルーズベルトのそれだった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■政治には関心がない■~ヒトラー宥和論を説く孤立論者~

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 おはようございます。 三か月振りの川崎の朝は曇りです。 午後からは段々雨、明日は本格的に降りそうです。 今日は久しぶりの柿島屋、 堪能してきます。 日曜日、良い休日をお過ごし下さい。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ルースが政治的に 重要な存在になりえなかったのは、 彼の雑誌が、彼の政治的見解を 反映することがなかったためだった、 とした。 そして、 たしかに、1950年代半ばまでは、 自ら編集に当たっていたが、 彼は政治には関心がなく、 見解は持っていたが、 他の編集者が反対の見解を持っていて 平気だった、 と続ける。 ドラッカーは、 ルースは、ヨーロッパに対しては 介入論者で、1935年にはすでに チャーチルとコンタクトがあり、 反ヒトラーの大西洋同盟の結成に向けて 工作していた、 とする。 「ところが、  『タイム」の国際面の編集者には、  ヒトラー宥和論を説く孤立論者  レアード・ゴールズボロを据えたままにしていた。  ルース自身は保守主義者だった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■政治的見解を反映しなかった■~駐イギリス大使のポストを希望~

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 おはようございます。 未明の高知、 冷え込んでます。 昨晩は、雲のない空に月が浮かんでました。 見たときには既に半月状態でしたが、 しばらく仰ぎ見ました。 今日上京しますが、 富士山がくっきりと迎えてくれそうです。 土曜日、良い週末をお過ごし下さい。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 通常の視点から見るならば、 ヘンリー・ルースはアメリカの政治に 何らの影響力ももたず、 いかなる政策も生み出さず、 個人としても何ら意味を持たない存在だった、 とした。 そして、 自らのささやかな政治的野心さえ 実現するだけの政治力を 持ち合わせなかった、 と続ける。 ドラッカーは、 彼の雑誌がアイゼンハワーの 大統領選挙の勝利に貢献したとき、 駐イギリス大使のポストを 希望したことは有名な話だった とする。 しかしアイゼンハワーは、 劇作家で後にコネチカット州選出下院議員となる 彼の妻クレアをイタリア大使に任命することによって、 義理を欠くことなしに、 彼の希望をしりぞけたのだった。 「ルースが政治的に  重要な存在になりえなかったのは、  彼の雑誌が、彼の政治的見解を  反映することがなかったためだった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■双方が間違いだった■~何ら意味を持たない存在~

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 おはようございます。 未明の須崎、 遅い夜明けで目前の城山すら見えません。 空気が澄み、明かりが少ない町、 夜空には星がくっきりと輝きます。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 誰一人としてルースのことを、 政治的に重要な存在とは 見ていなかったが、 伝記となると話は違うとした。 そして、 スワンバーグの ベストセラー『ルースとその帝国』に至っては、 トルーマンからジョンソンの間、 アメリカには強力な政治家と言える者は唯一人、 ヘンリー・ルースしかいなかったとしている、 と続ける。 ドラッカーは、 この二つのルース観の 双方が正しいということはありえないが、 双方が間違いということはありうる、 とする。 「実は、双方が間違いだったのである。  通常の視点から見るならば、  ヘンリー・ルースはアメリカの政治に  何らの影響力ももたず、  いかなる政策も生み出さず、  個人としても何ら意味を持たない存在だった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■重要な存在とは見ていなかった■~最重要人物の一人~

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 おはようございます。 曇り空、薄暗い須崎の朝です。 一層寒く感じます。 日中は段々晴れてきそうです。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 政治家の伝記には ほとんどルースは出てこないとし、 そのよい例がルースが 活躍していた時代の二人の共和党の政治家、 アイゼンハワーとタフトの伝記だった、 とした。 そして、 二人よりも前の民主党の政治家 ルーズベルトの伝記、 ロバート・E・シャーウッドの 『ルーズベルトとホプキンズ』(一九四八年)でも 二箇所だけだったと続ける。 これら三冊の伝記は、 それぞれアイゼンハワー、 タフト、ルーズベルト、 ポプキンスの日記と書簡に 基づいて書かれたものだが、 これら四人の政治家のうち、 誰一人として、 ルースのことを政治的に 重要な存在とは見ていなかった。 ドラッカーは、 もちろんルースの伝記となると 話は変わってくる、 とする。 「好意的なもの、  批判的なもののいずれもが、  一九二〇年代から  亡くなる六七年に至る間の  最重要人物の一人として書いている。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■ルースの政治力■~アイゼンハワーとタフトの伝記~

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 おはようございます。 未明の須崎、 寒い朝ですが、 日中は20度を超えそうです。 気持ちの良い天気が続きそうです。 休肝日明けの水曜日、気合い入ります。 今日もよろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーが知っている 中国育ちのアメリカ人と ヨーロッパ人の誰もが、 ルースとまったく同じ方法を採り、 その典型が、 元米国大統領ルーズベルトだった、 とした。 そして、 そのルーズベルトに 影響力を持ち続けた母親が 崇拝していたのが、 彼女の父、 中国人相手の商人デラノだった、 と続ける。 ドラッカーは、 政治家の伝記には ほとんどルースは出てこないとし、 その良い例として、 ルースが活躍していた時代の 二人の共和党の政治家、 アイゼンハワーとタフトの伝記だった、 とする。 「ハーバート・S・パーメットの  『アイゼンハワーとアメリカの十字軍』(1972年)は  650ページの大著でありながら、  ルースが登場してくるのはわずか二箇所である。  ジェームズ・T・パターソンの  『ミスター共和党――タフトの伝記』(1972)では一箇所である。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■典型はフランクリン・ルーズベルト■~内部に対立関係をもたらす~

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 おはようございます。 薄明りの須崎の朝、 城山の後ろ側が茜に染まり始めました。 今日も一日晴れ、 日中は20度を超え、 過ごしやすい一日になりそうです。 火曜日、今日もよろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ルースをつくったのはアメリカではなく、 中国だった、 とした そして、彼が初めてアメリカへ来たのが エール大学入学のためだったが、 その対人関係、 管理、支配の方法は、 中国の支配者のそれと まったく同じだった、 と続ける。 自らは一歩下がり、 内部に対立関係をもたらすことによって、 対抗する者が生まれないようにした。 ドラッカーが知っている 中国育ちのアメリカ人とヨーロッパ人の誰もが、 不思議なことに、 ルースとまったく同じ方法を 採っていたとする。 「その典型が、  フランクリン・デラノ・ルーズベルトだった。  彼に影響力を持ち続けた  母親が崇拝していたのが、  彼女の父、中国人相手の商人デラノだった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■ルースをつくったのは中国■~宣教師の子供~

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 おはようございます。 未明の高知、 夜明が遅くなった夜空には、 冬の星座が綺麗に浮かんでいます。 余計な明かりが少なく、 空気が澄んでるんですね。 月曜日、今週もよろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ルースの人の操り方は 彼が考えたものではなく、 中国漢以来の伝統に従ったにすぎなかった とした ルースも、 組織の運営としては、 これ以外の方法が ありうることさえ 気付かなかったのではないかと思う、 と続ける。 ドラッカーは、 ヘンリー・ルースという人物を見るには、 その生まれと生い立ちを 見なければならない、 とする。 「彼は、中国への宣教師の子供として生まれ、  海岸から200マイル入ったところで  育っていた。  子供の頃の友達は中国人だけだった。  ルースをつくったのはアメリカではなく、  中国だった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■中国流人間操縦術■~不和、不信、対立による支配~

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 おはようございます。 雲の多い高知の朝です。 日中はおおむね晴れ、 20度近くまで気温が上昇しそうと、 アレクサは言ってます。 日曜日、良い休日をお過ごし下さい。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ルースから事実上の企画と管理を やってほしいと言われたとき、 何のためらいもなく 「ノー」と言った しかしドラッカーには、 だんだんルースが単なる マキャベリスト(権謀家)ではないことが わかってきた、 と続ける。 ドラッカーは、 彼はもっと興味深い人物で、 中国人そのものだった、 とする。 さらに彼の人の操り方は 彼が考えたものではなく、 漢以来の伝統に従ったにすぎなかった、 とする。 「毛沢東もまた、  派閥をつくらせ、  現場に直接アプローチし、  上司には内緒に下の者を来させ、  不和、不信、対立をもたらすことによって、  党と政府を支配した。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■何のためらいもなく「ノー」■~ライオンの仔をもらうという生活~

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 おはようございます。 未明の須崎の朝、 冷え込みが一層増してきました。 日中も寒くなりそうですね。 土曜日、良い週末をお過ごし下さい。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 高給になってしまった結果は、 仕事に対する意欲も何もかもが枯渇し、 駄目になりつつあることに気づいても、 辞められなくなることだった、 とした。 そしてさらにその結果は、 最高のレストランで昼食を取り、 ファーストクラスで旅行し、 五番街のアパートに住み、 コネチカットに小屋をもち、 ダベンポート夫人のように、 ルース夫妻から合同誕生パーティで ライオンの仔をもらうという生活に 慣れてしまうことだった、 と続ける。 ドラッカーは、 記憶に間違いがなければ、 ルースからいかなる条件を示されようとも、 自分自身がタイム社に入ることは 絶対にないであろうことを自覚したのは、 このパーティでだったが、 事実、ルースがやって来て、 ダベンポートを編集長にしたまま、 事実上の企画と管理をやってほしいと言ったとき、 もう心は動かされなくなっていた、 とする。 「ハリウッド的な生活は、  私には合わなかった。  私は何のためらいもなく  「ノー」と言った。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)

■桁外れというべき高給■~意欲も何もかもが枯渇~

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 おはようございます。 城山には少し雲が浮かんでますが、 その上には青空が広がっています。 しばらくこの好天が続きそうです。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 いかに強力な編集長といえども、 万全なルースに対抗することは不可能だった。 彼の雑誌のすべてにおいて、 派閥、抗争、対立、不信が蔓延していた原因が ここにあった、 とした。 そして、 少なからぬ編集長や 編集者が酒浸りとなり、 社内に一体感が欠如していた 原因もここにあった, と続ける。 加えて、桁外れというべき高給があったが、 彼に質したところ、 あえて高給にしていたわけではなく、 上げている利益からして、 どうしても高給になってしまう、 とのことだった。 「だがその結果は、  仕事に対する意欲も何もかもが枯渇し、  駄目になりつつあることに気づいても、  辞められなくなることだった。」 (Ⅲ アメリカの日々12章ヘンリー・ルースと『タイム』『フォーチュン』)