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■アフターサービス部門の責任者■~事業部の解体が必須~

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 おはようございます。 東の空がほんのりと赤くなり始めた 高知の朝です。 今朝の冷え込みは、 少し緩んだように感じました。 このまま日中も、 ずい分と暖かくなりそうです。 月曜日、今週もよろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 ドレイスタットは シボレー事業部長に転じた半年後、 わずか48歳の若さで 咽喉癌で亡くなってしまった、 とした。 そして、 ドレイスタットは、 大恐慌のとき、 キャデラック事業部で アフターサービス部門の 責任者をしており、 そのままずっと ミドルマネジメントの 一員でいるはずだった、 と続ける。 当時シボレー事業部は 大恐慌を乗り越えていたが、 その上のクラスのビュイック、 オールズモビル、 ポンティアックの各事業部は、 間接費節減のため 統合しなければならなかった。 「キャデラック事業部に至っては、  まったく売れなくなり、  事業部の解体が必須とされていた。  問題は完全に清算するか、  何らかのかたちで  車名だけは残すかといったところだった。」 (3 アメリカの日々14章プロの経営者、アルフレッド・スローン)

■学歴のない元修理工■~48歳で咽喉癌で亡くなった~

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 おはようございます。 東の空が 明るくなり始めた高知の朝です。 今日も快晴の一日になりそうです。 良い休日をお過ごし下さい。 日曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 コイルが人に無関心だったのに対し、 ドレイスタットは人に関心を持ち、 人を理解し面倒を見、 コイルは体に合ったスーツを着、 ドレイスタットはパイプの火で 穴のあいたジャケットを着ていた、 とした。 そして、 ドレイスタットは南ドイツ出身で、 わずか13歳のときに、 メルセデスのレーシング・チームの 最年少の修理工として アメリカの地へやって来た、 と続ける。 彼は、工場で機械の修理に手を貸したり、 工具の不具合をいじったりしているときが 一番幸せそうだったが、 この学歴のない元修理工が、 GMの若手幹部の中でも 抜きん出た人物と見られ、 10年以内に社長になるものと 目されていた。 「しかし実際には、1946年、  シボレー事業部長に転じた半年後、  わずか48歳の若さで  咽喉癌で亡くなってしまった。」 (3 アメリカの日々14章プロの経営者、アルフレッド・スローン)

■ドレイスタットは愛された■~穴のあいたジャケット~

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 おはようございます。 東の空が明るくなり始めた、 高知の朝です。 昨日の日中は春を感じさせる暖かさでした。 今日も暖かく、 しばらくこの調子で 春らしい気温になりそうです。 土曜日、良い週末をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 GMの調査を終わった数か月後、 コイルが引退し、 後を継いだのが ニコラス・ドレイスタットだったが、 コイルとこれほどまでに 対照的な人物はいない、 という人だったとした。 そして、 ドラッカーが会った頃の ドレイスタットは、 キャデラック事業部長で、 キャデラックに30年以上在籍していた、 と続ける。 ドラッカーは、 コイルが冷たく感じさせたのに対し、 ドレイスタットは温かく感じさせ、 コイルが恐れられたのに対し、 ドレイスタットは愛された、 とする。 「コイルが人に無関心だったのに対し、  ドレイスタットは人に関心を持ち、  人を理解し、人の面倒を見た。  コイルは体に合ったスーツを着、  ドレイスタットはパイプの火で  穴のあいたツィードの  ラフなジャケットを着ていた。」 (3 アメリカの日々14章プロの経営者、アルフレッド・スローン)

■知的な正直さ■~コイルと対照的な人物~

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 おはようございます。 東の空が 明るくなり始めた高知の朝です。 今朝も冷え込みましたが、 日中は二桁気温になりそうで、 明日くらいからは さらに緩みそうですね。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 マービン・コイルは 疑似分権制には感心せず、 あの頃と同じように 噛みついてくるに違いない、 とした。 そして、 彼はいつもB級西部劇の シェリフのように、 文句があるなら、 シボレー事業部を どう分権化したらいいか 教えてもらいたい、 と言うのだった。 ドラッカーは、 コイルは人好きはしなかったが、 人の気に障ることも口にし、 聞きにくいことも聞くという 知的な正直さには、 いつしか敬意を払うように なっていった、 とする。 「私がGMの調査を終わった数か月後、  そのコイルが引退した。  後を継いだのが  ニコラス・ドレイスタットだった。  コイルとこれほどまでに  対照的な人物はいないであろう  という人だった。」 (3 アメリカの日々14章プロの経営者、アルフレッド・スローン)

■最高の組織構造■~あの頃のように噛みつく~

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 おはようございます。 段々と東の空が 明るくなり始めた高知の朝です。 昨日はコロナワクチン3回目接種完了、 当日は何も変化なしでしたが、 夜中に寝返り打つ際に右腕に痛みを感じ、 今も痛いです。 まぁ、二、三日は続くんでしょうね。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 分権制が広まる中、すでに、 GM型の分権制の利点と限界を調べ、 分権制を採用できない大組織のための、 代用となるものの設計にかかっていた、 とした。 そして、 ドラッカーが 『企業とは何か』で提示した分権制は、 ピエール・デュポン、 アルフレッド・スローン、 ドナルドソン・ブラウン、 その他GMの人たちが構想したもので、 たしかにそれは、 それが適用できる場面では 最高の組織構造だった、 と続ける。 しかし、それはいかなる場面でも 適用できるものではなかったので、 やがてドラッカーは、 疑似分権制なるものの 開発に至ったのだった。 「もちろん私は、  マービン・コイルが  その疑似分権制に  感心してくれるとは思わない。  あの頃と同じように  噛みついてくるに違いない。」 (3 アメリカの日々14章プロの経営者、アルフレッド・スローン)

■GM研究の成果『企業とは何か』■~疑似分権制の設計~

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 おはようございます。 曇り空の高知の朝です。 厳しい冷え込みでしたが、 日中も一桁気温で、 寒い一日になりそうです。 そんな中ですが、 今日は高知新港での集団接種、 3回目は初めてのモデルナワクチンです。 残念なのは、休肝日明けでも、 飲酒は控えたほうが良いとの 妻の一言です。 まぁ我慢しましょう。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 コイルは、体質的には 独裁的だったにもかかわらず、 事業部内では、 後のいわゆる参加型経営を 目指していたとした。 そして、 ドラッカーのGM研究の成果である 『企業とは何か』は、 世界中に分権制を、 また日欧では事業部制として流行させた、 と続ける。 最初にこの分権制に基づいて 組織を再編したのが、 『企業とは何か』を教科書にした フォードだったが、 若いフォードが 祖父から会社を引き継いだとき、 彼は30年間下降を続け、 死の淵にあった会社を救うため、 出版されたばかりの ドラッカーの本で勉強を始め、 次いでアーネスト・ブリーチを 会長に迎えるなどGM幹部の 引き抜きを始めたのだった。 「分権制は、  50年代に世界中に  事業を展開していったアメリカの  経営コンサルタントにとっても、  大事な商品となった。  そしてその頃私は、  すでにGM型の分権制の  利点と限界を調べ、  分権制を採用できない大組織のための、  代用となるものの設計にかかっていた。」 (3 アメリカの日々14章プロの経営者、アルフレッド・スローン)

■参加型経営を目指す■~体質的には独裁的~

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 おはようございます。 段々と東の空が 明るくなり始めた高知の朝です。 今朝も厳しい冷え込みでした。 暖かくしてお過ごし下さい。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 GMでは、分権制に適切な 人事異動を組み合わせれば、 幹部の育成に困ることなど ありえないとされていたが、 コイルだけはそう思っていなかった、 とした。 そして、彼はかなり早くから、 読書プログラム、特別講義、 セミナーなど若手管理者の育成に 仕事以外のものを利用していた、 と続ける。 ドラッカーは、 コイルは、体質的には 独裁的だったにもかかわらず、 事業部内では後のいわゆる 参加型経営を目指していた、 とする。 「若手のタスクフォースに   問題の解決を任せたりした。  工場や販売拠点から若手の管理者を  スタッフとして事業部本部へ連れてきた。  会議では、全員が話し終わるまで意識して  口を閉ざしていた。」 (3 アメリカの日々14章プロの経営者、アルフレッド・スローン)