■知識が経済の中心になった■~変化の最終段階~
おはようございます。 薄曇りの川崎の朝ですが、 今日は関東地方も梅雨明けとなるでしょう。 3連休も終わり、仕事。 頑張りましょう。 ---------------------- ∬ちょこっと、ピーター.ドラッカー∬ 現在、正規の教育によって得られる知識が、 働く個人と、経済活動の中心的な資源である。 知識だけが意味ある資源とまで言える。 人モノカネは、二義的な要素に過ぎない。 それらは、知識さえあれば入手可能で、 しかも簡単に手に入れられる。 このような新しい意味における知識とは、 社会的、経済的成果を実現するための手段としての知識、 効用のある知識である。 ドラッカーは、これが知識の変化の第三段階、 ”最終段階”であるとする。 「新しい意味における知識とは、効用としての知識、 すなわち社会的、経済的成果を実現するための手段としての知識である。 この変化は、それが望ましいかどうかは別として、 もはや元に戻すことのできない一つの変化、 すなわち知識を知識に適用した結果である。」 ~『プロフェッショナルの条件』 (1章 ポスト資本主義社会への転換)