■第11章 経済政策 (12)■~陳腐化した均衡の前提~
おはようございます。 快晴の高知の朝、 午後からは少し雲が出そうです。 立秋過ぎて朝晩はかすかに兆しも感じられますが、 日中は真夏の暑さです。 熱中症に油断なく。 今日は終戦の日。 この戦争の犠牲者は、 全世界で5000万人を超え、 日本人も300万人とされる。 軍人の多くは、次世代を担う青年達であり、 民間人の多くは女性と子供たちである。 国の内外にはきな臭さがあふれている。 悲劇が繰り返さないように、 市民目線を外してはならない。 土曜日、良い週末をお過ごし下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ~『断絶の時代』 ドラッカーは、 グローバル・マネーによる パニックを避けるためのモデルは、 個人と企業のミクロ経済、 政府のマクロ経済、 グローバル経済という 三つの相互に影響しあう領域から 成るものでなければならないとした。 そして、 今日の経済学は、 戦後のアメリカが目標とした 完全雇用経済政策ののように、 目標は均衡であることを前提としたとする。 しかし、 すでに現実の経済においては、 安定した均衡は不可能であることが明らかであり、 完全雇用を実現できるものは、 動的な不均衡であると続ける。 「経済とは自転車である。 走っているときにのみ、 均衡を保つ。」 (『歴史の哲学』 第11章 経済政策 )