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■第8章 政治の変容 (4)■~マルクス社会主義の約束~

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 おはようございます。 小雨が降る高知の朝です。 今日はこのまま雨、 梅雨前線と接近中の台風7号(メーカラー)、 8号(ヒーゴス)の影響が大きくなりそうです。 警戒が必要です。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ~『ポスト資本主義社会』 ドラッカーは、 フランス革命以降、 「社会による救済」は初めは西洋において、 第二次大戦の勃発以降は 全世界に広まり、 支配的な信仰となっていったとした。 そして、 100年以上にわたって、 「社会による救済」を約束する 最も強力な世俗の信仰として 蔓延したのが、 マルクス社会主義だったと続ける。 「マルクス社会主義の途方もない魅力、  とくに知識階層にとっての魅力は、  その複雑なイデオロギーや、  ますます非現実的になっていった  その経済学よりも、  宗教的な約束にあった。」 (『歴史の哲学』 第8章 政治の変容 )

■第8章 政治の変容 (3)■~全世界に広まった「社会による救済」~

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おはようございます。 小雨が降る高知の朝です。 今日はこのまま雨、 木曜あたりまで続きそうですね。 涼しくていいです。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ~『ポスト資本主義社会』 ドラッカーは、 モダン前の最後の哲学者ライプニッツは、 世俗の信仰は、 その本質からして虐政たらざるをえず、 個人の自由を抑圧せざるをえないと 確信していたとした。 そしてその一世紀後、 ジャン=ジャック・ルソーが ライプニッツの懸念の 正しさを裏づけたと続ける。 ルソーは、 社会は個人を支配できるし、 支配すべきであると主張し、 新しいアダムはつくりだすことができるし、 つくりだすべきであるとした。 「あるいは、  全人類を完全無欠なものにできるし、  そうすべきであるとした。  こうしてフランス革命以降、  「社会による救済」が支配的な信仰となっていった。  初めは西洋において、  第二次大戦の勃発以降は全世界に広まった。」 (『歴史の哲学』 第8章 政治の変容 )

NPO 「想結び」〜一人の想いを地域に結ぶ。〜

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■第8章 政治の変容 (2)■~世俗の信仰への恐れ~

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 おはようございます。 薄曇りの高知の朝です。 日中は曇り空、 夜には一雨ありそうです。 夏日にはならないみたいで、 過ごし易いようです。 月曜日、今週もよろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ~『ポスト資本主義社会』 ドラッカーは、 モダン前の最後の哲学者、 ゴットフリート・ライプニッツは、 キリスト教世界の再統一という 不毛の試みに、 人生のほとんどを費やしたとする。 彼は、 超自然の存在である 神に対する共通の信仰が 存在しなければ、 世俗の信仰が 台頭するであろうことを恐れた。 「ライプニッツは、  世俗の信仰は、  その本質からして虐政たらざるをえず、  個人の自由を抑圧せざるをえないと確信していた。」 (『歴史の哲学』 第8章 政治の変容 )

■第8章 政治の変容 (1)■~唯一の「正しい答え」~

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 おはようございます。 薄い雲を通して、 明るい陽が射し始めた高知の朝です。 今日はこれから雲が取れて、 真夏の気候になりそうです。 熱中症にご注意を。 日曜日、良い休日をお過ごし下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ~『新しい現実』 今日から「第8章 政治の変容」 ドラッカーの著書 『新しい現実(The New Realities)』は、 社会・政治・経済の構造が根本から変わる 「転換期」を捉えた書 この中でドラッカーは、 冷戦の終結や国家の枠組みの変容が始まり、 従来の政治手法は通用せず、 社会を牽引するのは、 脱工業化の主役である 「知識労働者(ナレッジワーカー)」と 「非営利組織(NPO)」であるとする。 そして、 過去の延長線上でモノを考えるのではなく、 今起きている「新しい現実」を直視し、 自らの知識を更新せよと説く。 「今や社会そのもの、  さらには社会活動、  社会問題のすべてが、  あまりに複雑である。  唯一の「正しい答え」が  あらゆる問題に通用するはずがない。」 (『歴史の哲学』 第8章 政治の変容 )

■第7章 経済至上主義の破綻 (18)■~経済的な平等が可能になるとき~

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 おはようございます。 朝から小雨が降る高知です。 今日はこんな感じで、 小雨が断続的に続きそうです。 土曜日、良い週末を過ごし下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ~『経済人の終わり』 ドラッカーは、 我々は、 人間の本質および社会の基盤としての 「経済人」の理念を放棄して、 人間の本質および社会の目的についての  新しい理念を基盤として、 自由で機能する社会を  つくりあげなければならない とした。 そして、 宗教が社会の基盤でなくなったとき、 初めて宗教上の自由と平等が実現され、 経済が社会的な認知と満足の基盤となったとき、 初めて民主的な自由と平等が可能となったとする。 「同じように、  経済的な平等は、  それが社会にとって最も重要なことではなくなり、  新しい領域における自由と平等が  新しい秩序のもたらす約束となったとき、  初めて可能になる。」 (『歴史の哲学』 第7章 経済至上主義の破綻 )

■第7章 経済至上主義の破綻 (17)■~新しい理念を基盤とする社会へ~

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 おはようございます。 空は雲が覆ってますが、 日差しが強く射し込む高知の朝です。 このまま雲が多そうですが、 真夏に迫る気温上昇、 蒸し暑い一日になりそうです。 金曜日、 今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ~『産業人の未来』 ドラッカーは、 経済的な領域を 社会の中心的な領域とすることをやめる ということは、 人間は「経済人」であるとする理念、 経済的な成功と 経済的な報酬によって 人間の自己実現は図られるとする信条を 捨てることを意味する、 とした。 そして、 もはや我々は、 人間の本質および社会の基盤としての 「経済人」の理念を 維持することはできないとする。 「我々は、   人間の本質および社会の目的についての   新しい理念を基盤として、   自由で機能する社会を   つくりあげなければならない。」 (『歴史の哲学』 第7章 経済至上主義の破綻 )