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■「THINK(考えろ)」という合言葉■~マネジメント・ブームの到来~

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おはようございます。 東京竹橋の朝は花曇です。 皇居前の桜も満開、 花筏も散見されます。 昨日はMOMATで重要文化財の数々を鑑賞、 中でも高村光雲の《老猿》、流石ですね。 今日は横浜に移動、 港辺りを散策し中華街で晩飯です。 金曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 生産性や品質を高めたいなら、 まずは働き手に 意見を求めるとよいだろう、 とした。 そして、 クレイムズは、 時代は足早に変化し、 第二次大戦が終わってから 1960年代末までの25年間は、 世界各地でマネジメント・ブームが巻き起こり、 マネジメントは世界的な関心事となったのだ、 と続ける。 「ビッグブルー」の愛称で知られるIBMは、 仕事のやり方を知っているのは、 実際にそれに携わる人々だという考え方を、 大企業としていち早く取り入れ、 「THINK(考えろ)」が草創期からの合言葉だった。 実際、1930年代半ばから末ごろにかけて、 IBMの従業員向け研修所の入り口には、 「THINK」の文字を刻んだ大きな看板が掲げられていた。 「研修所ではこのほかにも、  『注意を怠らない』  『じっくり議論しよう』  『人の話に耳を傾け、本を読もう』  といった言葉を従業員たちに叩き込んでいたが、  トーマス・J・ワトソンによれば、  とりわけ『THINK』という標語は  社内のここかしこに掲げられていたという。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第6章 働き手を尊重する)

■働き手に意見を求める■~腰が抜けるほど驚いた~

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おはようございます。 久しぶりの娘宅、 稲城の朝は、曇ってます。 今日は国立美術館で「重要文化財の秘密」展を観覧し、 神田錦町の”河北や”で久しぶりに一杯。 宿は竹橋のKKRホテル東京、 ここも久しぶりです。 木曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 第二次大戦により、 職長、技師、心理学の専門家など、 働き手に指示を与える立場の人々が 徴兵されて不在だったため、 ドラッカーやその同僚たちは、 働き手に一対一で対応するほかなかった、 とした。 そして、 ドラッカーは、 働き手たちの話を聞いて 腰が抜けるほど驚いた、 と述べたと続ける。 彼ら働き手たちは、 メイヨーの考えとは裏腹に、 愚かでもなければ、 適応力に劣るわけでもなく、 自分たちの仕事の本質や、 仕事のやり方を改善する方法について、 実によく理解していたのだ。 「大切なのは  いかに彼らのやる気を引き出すかだった。  『生産性や品質を高めたいなら、  まずは働き手に意見を求めるとよいだろう』」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第6章 働き手を尊重する)

■「愚かな雄牛」と見なす■~一対一の対応~

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おはようございます。 薄曇りの高知の朝、 段々晴れてきそうです。 今日は一年半ぶりに上京しようと思います。 娘の三人目の孫と初対面、 泣くんだろうな。 水曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 第二次大戦前には、 マネジャーが働き手に、 仕事の中身や より良い作業法について 尋ねることはなかった、 とする。 そして、 フレデリック・テイラーは、 マネジャーと最前線の働き手を共に、 「愚かな雄牛」と見なしていた、 と続ける。 一方エルトン・メイヨーは マネジャーには敬意を払ったが、 一般の働き手については 「未熟」で「適応力に欠ける」と考え、 働き手には、 心理学の専門家による指導が欠かせない、 という見解を持っていた、 とする。 クレイムズは、 ドラッカーも指摘しているように、 第二次大戦を境に事情は一変した、 とする。 「職長、技師、心理学の専門家など、  働き手に指示を与える立場の人々が  徴兵されて不在だったため、  ドラッカーやその同僚たちは、  働き手に一対一で対応するほかなかった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第6章 働き手を尊重する)

■ドラッカーならではの慧眼■~仮説を疑い、捨てる~

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おはようございます。 日の出が早まった高知の朝、 少し肌寒く感じますが、 日中は暖かくなりそうですね。 火曜日、今日も一日よろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 科学的管理法と人間関係学派はひとえに、 何をすべきかではなく、 仕事をこなす最善の方法を論じたのだった、 とした。 しかしドラッカーは、 マネジメントの本質は 科学ではなく実践にあるとする立場から、 何をすべきかは方法論以上に重要だと考えたのだ、 と続ける。 これもまたドラッカーならではの慧眼であり、 あらゆる仮説を疑い、 状況にそぐわなくなった仮説を捨てるという、 素晴らしい資質があった。 クレイムズは、 マネジメントには、 当然ながら戦略も含まれるが、 アルフレッド・スローンは1920年代、 ヘンリー・フォードを打ち負かしたが、 これは優れたセグメンテーション戦略の 勝利だったとする。 「ドラッカーは  ヘンリー・フォードに  批判的な立場をとっていた。  『フォードはマネジャーの重要性を理解せず、  そのせいで会社の舵取りを誤った』  と考えていたのだ。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第6章 働き手を尊重する)

■仕事をこなす最善の方法■~科学的管理法と人間関係学派~

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おはようございます。 今日は明るい空模様の高知の朝です。 少し肌寒く感じますが、 日中は20℃近くになりそうです。 月曜日、今週もよろしくお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ ドラッカーは、 メイヨーもテイラーと同じく、 モノづくりやその流通をめぐっては、 何が課題であるかは つねに自明だとしていたのだ、 とした。 そしてクレイムズは、 言葉を換えると、 ドラッカー以前のマネジメント理論は、 物事を一面からしか 捉えていなかったのだ、 と続ける。 何を作るべきか、 何を作ってはいけないか、 といった視点はなく、 ひたすら「最もよいつくりかた」 だけを追い求めていたのだ。 「科学的管理法と人間関係学派はひとえに、  何をすべきかではなく、 仕事をこなす最善の方法を論じたのだった。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第6章 働き手を尊重する)

■何が課題であるか■~なぜそれに取り組むのか~

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おはようございます。 既に雨が降り続く快晴の高知の朝です。 このまま午前中は雨、 午後には上がりそうですね。 日曜日、良い休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 メイヨーとフォレットは共に、 当時のマネジメント理論は マネジメントの人間的な側面を見過ごしており、 これが大きな欠点だと考えていた、 とした。 そして、メイヨーは後年、 人間関係学派の創始者として 知られるようになるが、 ドラッカーも指摘しているように、 人間関係学派はマネジメントの 人間的な側面を 探求し尽くしたとはいえない、 と続ける。 ドラッカーは、 フレデリック・テイラーは いわゆる科学的管理法を唱えたが、 もっぱら 『どのように仕事をこなすべきか』 だけに注目し、 『課題は何か』 『なぜそれに取り組むのか』 という問題意識は持たなかった、 とする。 さらにそれから50年近くののち、 メイヨーが科学的管理法を否定し、 新たな理論を打ち立て、 『人間関係学派』を創始したのだ、 と続ける。 「しかしメイヨーもテイラーと同じく、  『課題は何か』『なぜそれに取り組むのか』と  問いかけはしなかった。  モノづくりやその流通をめぐっては、  何が課題であるかは  つねに自明だとされていたのだ」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第6章 働き手を尊重する)

■メイヨーのホーソン実験■~マネジメントの人間的側面~

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おはようございます。 曇り空、 生暖かな高知の朝です。 夜から明日午前は雨のようですね。 土曜日、良い休日をお過ごしください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬ クレイムズは、 ジョージ・エルトン・メイヨー(1880-1949年)は、 心理学と社会学を専門とし、 1926年から47年まで20年以上にわたり、 ハーバード大学で産業調査の教授を務めた、 とする。 そして、このメイヨーの業績のひとつに、 有名なホーソン実験があるが、 これはメアリー・パーカー・フォレットの理論を 土台としたものである、 と続ける。 ホーソン実験とは、 1927年から32年に ホーソン工場で行った実験で、 この実験からは、 働き手は自分たちが 監視されていることを知っていると、 そうでないときよりも 高い成果をあげると判明した というものである。 「メイヨーとフォレットはともに、  当時のマネジメント理論は  マネジメントの人間的な側面を見すごしており、  これが大きな欠点だと考えていたのだ。」 (『ドラッカーへの旅 知の巨人の思想と人生をたどる』 第6章 働き手を尊重する)