■人間存在の根本原理■~生と死の双方に意味を与えない~
 
おはようございます。   朝焼けが青空をピンクに染める  川崎の朝です。   今日は平成最後の成人式、  大人というより、  人の痛みが分かる、  まともな人間になることを期待します。   三連休最終日は好天模様、  お楽しみ下さい。  ----------------------     ∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬    こうして19世紀は、  ローマ帝国時代の後期と同じように、  純粋に倫理的なものや  人間存在の真髄としての徳へと  逃げ込むことによって、  出口への道を見つけようとした。    ドラッカーは、  倫理協会運動等の生命の倫理的概念の  さまざまな定式化は、  古代で見られたのと同じように、  19世紀でも広く流行したが、  古代と同様に、人間存在の根本原理を  用意することに失敗した、  とする。     「確かにこれによって、    勇気や迷いのない気持ちは生まれるでしょうが、    生と死のどちらにも意味を与えてはくれません。    この人間存在の軽さは、    自殺を究極の救済法として    規定していることからわかります。」   ~P.F.ドラッカー  「ドラッカーの講義(1943-1989) ~マネジメント・経済・未来について話そう~」  (1940年代)                                                                                                                                           
 
 
 
 
 
