■自分自身が退屈しないこと■~ギリシャ語は優美だと思った。~
おはようございます。
曇り空の川崎の朝です。
昨夜から涼しく、
日中も過ごしやすそうですね。
日曜日、健やかな休日をお過ごしください。
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∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬
ドラッカーは、
生計のために就いた仕事でも
それ以上のものを
意味するようになっていた、
とした。
そして、
エルザ先生とゾフィー先生は、
教えるということは、
ラテン語文法や、ギリシャ悲劇や、
世界史を退屈そうに教えていた
月給取りの先生方にとっての
教えることとは、
まったく違う何かであることを
私に教えてしまっていた、
と続ける。
ドラッカーにとって、
学校の科目自体は、
退屈ではなかったし、
面白くない科目に出合ったこともなく、
実際に宗教、哲学、文学、行政史、
マネジメント、経済学、統計学など、
十指にあまる人文科学と
社会科学の科目を教えてきた、
とする。
「たしかに、ラテン語はあまり面白くなかった。
ギムナジウムでは、
これを毎日二時間勉強させられた。
それは呆れるほど易しく、
呆れるほど空しかった。
ギリシャ語は優美だと思った。
しかし、ギムナジウムでは
このうえなく退屈な授業になっていた。」
~P.F.ドラッカー「ドラッカーわが軌跡」
(Ⅰ 失われた世界 Ⅰ 失われた世界 3章エルザ先生とゾフィー先生)
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