■知識はあらゆる境界を超える(2)■~知識とその探究~
おはようございます。
曇り空の高知の朝です。
午前中は雨、
午後からは晴れそうです。
パリ五輪、
サッカー男子に続いて
女子も白星スタートを期待しましたが、
残念でした。
セーヌ川で明日未明に開会式、
しばらく寝不足になりそうですね。
金曜日、今日も一日よろしくお願いします。
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∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬
~『断絶の時代』から
上田さんは、
学際研究が急速に進歩し、
現代社会の動力源としての知識は、
仕事に使われて初めて
意味を持つとした。
そしてもはや仕事は、
分野によっては定義できず、
目的は常に学際的たらざるをえない
と続ける。
知識とその探究において、
優先順位や限界について
考えなければならなくなるとは
夢にも思われなかったが
他のあらゆるものと同じように、
知識も絶対的な善ではありえない。
ドラッカーは、
知識の探究において、
優先順位の決定は容易でないとし、
つぎのとおり続ける。
「しかし、知識の探究には限界がある。
使える資源に限りがある。
ただし不足しているのは資金ではない。
そもそも研究を行うのは金ではない。
人である。」
(『ドラッカー時代を超える言葉』I 成果をあげる)
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