■ネルーの訪問■~運動のほうが彼を見つけた~
おはようございます。
曇り空の川崎の朝です。
西日本は今日から明日は雨、
激しい雨のところもあるとのこと、
関東以北は晴れから曇り、
雨の心配はなさそうです。
水曜日、今日も一日よろしくお願いします。
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∬ちょこっと、ピータ.ドラッカー∬
ドラッカーは、
第一次大戦が終わったとき、
戦争の反動で反戦運動家が
一転してヒーローとなり、
労働党の主流となった、
とした。
そしてついにブレイスフォードも、
第一次労働党内閣では、
政務次官あるいは閣僚の座さえ
夢ではなくなっていたが、
彼自身が選挙に落ちた、
と続ける。
ドラッカーは、
ブレイスフォードは、
次の運動を探し、
すぐに見つけたが、
これは運動のほうが彼を見つけた、
と言ったほうが合っている、
とする。
「選挙に落ちた数日後、
彼はオックスフォードの
同じ学寮の一六歳年下の卒業生、
初見のインド人弁護士の訪問を受けた。
訪問者の名は、ジャワハルラル・ネルーだった。」
(Ⅱヨーロッパ人々 9章 反体制運動家ブレイスフォードの挫折)
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